想いでの山峡(やまかい)~林間学級の秘密 第2話「行路」
- 2016/09/10
- 12:58
7月19日の日曜、天気は曇り。女講師 初美と香緒里、それに生徒の健(たける)と徹の二少年が、G県下の特別林間学級の場、研修施設「中山荘(ちゅうざんそう)」へ出かける日だ。
この日午前9時頃、N市内の、ある大手陶器メーカー広報拠点近くの香緒里の家玄関へ、銀灰色(ガンメタリック)を纏った、一台のレクサスLSが滑り込んで来た。
運転は、健の伯父 中条 新(なかじょう・しん)。助手席に健、後ろは、所謂上席とされる運転席背後に初美、その隣に徹が座る。中条と健は、早めにN城址北方にある、健の親許を出て、近所に住む初美、そして香緒里宅から割合近い住まいの徹を拾い、赴いて来たのだ。香緒里の親許は、産業廃棄物関連のリサイクル業。自宅にほぼ隣接する本社屋は、普段から大型ダンプやトレーラー、重機などがよく出入りしていて、駐車場所に不自由はない。
「お早うございます。全員、今 着きました。今日から、宜しくお願いします」中条が、香緒里の元への挨拶と、到着報告をする。「いらっしゃいませ。お早うございます。あら、中条さん。お世話をおかけしました」と香緒里。
中条「いいえ、とんでもありません。俺も通り道でしたから。それじゃすぐ、乗換え準備に入るとしましょう」こう返せば「いえ、多少の余裕はあるから大丈夫ですよ」香緒里も応じる。
早速、香緒里の愛車、アイボリー・ホワイトのトヨタ・アルファードへの乗換えと、各自の所持品の積替えが開始される。既に、運送便による用品は、中山荘宛て送り出されているので、直前に必要が分った物ばかり。それでも、衣類や一部の教材、それに二少年の「自主トレ」用サッカー・ボールや肢体のサポーター、キャッチ・ボール用具など、結構な数量に上った。この日の服装は、中条を含め全員が、Tシャツにジーンズか綿パンと言った、作業に向いたそれだったのも幸い、約10分で、乗換えと積替えは完了。
「伯父様、今朝は有難うございます」と彼以外の全員。香緒里が「よかったら、少しの間お茶でも如何ですか?」と促すも中条は残念そうに「いやー、実はこの後、健の親父からゴルフに引っ張られておりまして。と言っても、パター・ゴルフのレベルなんですがね」と苦笑しながら「まあそんな訳で、これからすぐ向かわないかん訳です。又、今度の楽しみにしときますよ」と返す。香緒里も「まあ残念ですけど、そう言う事なら仕方がないですね。中条さんとは是非一度、ジャズのお話をさせて頂きたく思いまして、今朝なんかは丁度好いかなと思ったんですが」
中条も「有難うございます。俺も楽しみです。それでは、今朝はこれで失礼しますんで、皆さんどうかご安全に」と言った後、「おい、健!」急に語調を変え「パンティ返せ!」
健も、負けてはいない。「知らん!あれはこの前、伯父さんが酔ってた時に、間違って捨てたんでしょう。それが事実だよ」
中条「本当にそうか?林間学級終わったら、もう一度探せや」「いいや、無意味だよ。そんな事はしない」健、こう返す。それから皆で「まあ、伯父様もお気をつけて」。このやり取りを聞いていた初美は、思わずクスリと笑ったのだが、この辺りの事は、後程記したい。
さて、意外に速い加速で遠ざかった、中条の乗るレクサスを見送った一行は、香緒里の運転で、ほぼ予定通りに中山荘へ向け出発。席順も、香緒里を覗いては、中条の車の時と同様だ。
N城址近くのインターチェンジより都市高速道へ。その後、遥か昔、豊臣秀吉・徳川家康の両公が対峙した古戦場の近くより、C自動車道へ合流。軽いアップ・ダウンと緩いカーヴの続く道を東へ。約一時間後、G県との境を間近に控える所で一般国道へ。
この間の車中、二少年はネット・ゲームやスポーツなどの雑談とか、日曜なので、JR中央西線貨物便は余り運転されない、などの話題を断続的に。ただ時々、低レベルな笑いネタ発して、初美に「バカ!」とか叱られる一幕も。休憩中は、勿論スマート・ホン画面に吸い寄せられていた。苦笑 女講師間の会話は概ね少な目で、翌日以降の日程は、中山荘着後に伝達と言う事になった。
中津川と呼ばれるこの街の、とある商業施設にて昼食と、当面必要な食糧や雑品の買い物の後、車はいよいよ山間に差し掛かる。
街並みを抜けた国道は、暫く続く長い上り坂にかかる。つい先程まで降雨だった様だ。カーヴを交え、15分位も進むと景観は一変し、山間の濃い緑が間近に迫る様になる。国道は、左右各一車線。かーヴが続き、日曜とは言え、大型車との擦れ違いも結構多い。馬篭、妻籠の各宿場にも近く、曜日によっては、交通渋滞が生じる事もある辺りだ。
暫く進んだ「賤母(しずも)」と呼ばれる道の駅で、往路最後の休憩。中津川を発って、約一時間後の午後2時前、一行は中山荘に入った。
中山荘は、佐分利学院の先代理事長が建てた、山荘とかログハウス風の建物で、何ヶ所かある研修施設の一つだ。平屋ながら、生徒数人位までなら十分な広さがあった。3室ある、居間の一つを改装した教室は、定員8名。グランド・ピアノの設置もある。生徒の寝室は、二段ベッドが3セット。勉強机も併設され、別に、講師の寝室兼事務室、食堂、浴室、二ヶ所のトイレ。寝泊りもできる管理人控室、運動にも向いた、広い前庭と駐車場がある。当初は、別荘として使われるつもりだった様で、木曽川の造った河岸段丘の途中。眼下にはその流れと、昔ながらの宿場の街並みを臨め、その傍らを通る、JR中央西線とR19も見通す事ができた(註)。
日中は、ここから少し川下の街に住む初老の管理人 早瀬夫妻が詰めており、この日も、早めに着いた運送荷物の整理にかかってくれていた。初美たち一行も合流し、夕方までに片付け。入浴・夕食の両準備も済ますべく頑張った。この整理ができないと、勉強も何も始まらないからだ。はっきりしない空模様の下、ほぼ予定通りに落ち着いた様だった。やむを得ない場合以外は、夕方帰宅する早瀬管理人夫妻を見送った後、初美は言った。「さてと、来月7日まで、足かけ三週間の教程を知らせないといけないわね。まあ、寝る前でも好いかしら?」
(つづく 本稿はフィクションであります。2016=H28,6,5記)
(註) このJR線の正式名は中央本線ですが、長野・塩尻を境に、現在の東西路線がJR別会社となり、運転形態も基本的に分かれる為、地元の慣習にも鑑み、この名称を採った次第であります。
今回の人物壁紙 小川あさ美
渡辺貞夫さんの今回楽曲「スウィート・ディール&フロント・シート(Sweet deal&Front Seat)」下記タイトルです。
Sweet deal&Front seat