レディオ・アンカーの幻影 第15話「会見」
- 2019/12/12
- 15:01
「又やった!」この夜も、某民放報道番組を見ていた 少しの酒気が入った前嶋は、画面に向かい罵った。「・・たく、麻里子さんに恥をかかすなよ!これで何回目だ?」 記事の内、数値データの単位が編制側のミスで間違っており、メイン MCの大江麻里子が誤って伝えたのだ。その発覚につき、彼女が陳謝するも、もう複数回に及んでいた。他の視聴者もそうだろうが、回を重ねると憤りを覚えるのは、前嶋も例外ではなかった。ただ、怒りを向ける相手を間違えてはならないのも事実だった。
そんな彼の背後では、小型オーディオのチューナーが「ラジオ深夜館」を流し始めていた。この夜は第二木曜、担当アンカーは「期待の」邑井由香利である。「まぁ、今夜は良い・・」前嶋は呟いた。そして「深夜館が由香利さんの日だし、何とか堪(こら)えてやる。しかしだ!」 「今度 麻里子さんに間違えさせたら、その時こそ抗議文を送りつけてやるぞ。覚悟しとけ!」こみ上げる憤激を、辛うじて抑えきる彼であった。
そんな事のあった翌週の 5/17金曜は、その前の大型連休中、やはり相当に忙しかった谷間の 5/1水曜に臨時出勤した代休が与えられる日だった。前嶋は、どんなにする事のない暇な朝も 8:30amには起床する事にしていた。余り昼頃まで臥していると、その夜が眠れなくなってしまうのだ。まぁ読書とか音楽や AVのチェックとかネット徘徊とか、それなりにする事はあったのだが。
大型連休を挟んだ事による本業の忙しさも落ち着いた 5/16木曜の夜は、割合順調に帰宅が叶った。所定通り 5:30pmに勤務先を退出。タイム・カードに刻印した玄関で、偶然・・だろうが事務方の青井理乃と遭遇した。「青井さん、お先です・・」さり気なく会釈して立ち去ろうとしたその時「のぞみさん、一旦停止!」静かだが、鋭い一声が。
「はい、何でしょう?」 本当に意外!という風情で前嶋が返すと、理乃「邑井由香利さんが、今日から出張でこちら入りするの、知ってるわ。貴方、会うの?」 聞いた前嶋は「そうですか。それは会いたいな。まぁ、可能ならね」と、曖昧に応じた。「ふふん・・」理乃は鼻を鳴らして反応した。「まぁ、その言葉を信じるわ。多分、会うんでしょ?」 前嶋「だから、貴女のご想像に任せます。・・だとしても、社内や周囲には伏せといて頂きたい」 「勿論!あたしは秘密を守る女よ。今までだって、漏らした事ないでしょ」 「疑ったらご免なさい。そうだよね、俺もそこは信じるよ」 まぁまぁ、という風情で二人は笑顔を交わし、その場を区切った。
明けて 5/17金曜を、陽気な晴天の下で迎えた。代休を得た前嶋は、いつもの週末に倣い 8am過ぎには起床、寝間着から普段着への更衣と夜具の日干しを経て近所の通い慣れた喫茶店で朝食。そのまま同じ市内の実家に雑用兼ねて顔を出し、昼食の後一旦帰宅、掃除や洗濯などの雑用を済ませ、デジタル一眼カメラを携えて 再び外出。行先は、居所から徒歩でも遠くない 金盛公園傍に JRや私鉄の名豊電鉄線などを跨ぐ歩道橋「末前陸橋」だ。ここで 5pmに邑井由香利と待ち合わせる手筈である。
「さぁ、今夕から明日午前まで、抜かりなく行こうぜよ・・」努めて気持ちをリラックスさせ、肩に力が入らぬ様己に言い聞かせる前嶋だったが、現実は中々そう上手くは行かない所が大きかった。スムーズな会話どころか、最初の「再会」挨拶もちゃんとできるのかいな?との想いも一方では強かった。
末前陸橋へは 4:30pm過ぎに着いた。ここからは南方に高層の「金盛南ビル」が臨め、反対に目を転ずれば、南北に長い金盛公園内の様子がよく分かる。既に夕方近く。近在の小中学校の生徒達が下校の為よく通る。中には暫し 持って来たボールなどでひと遊びする者達もいた。彼達が引き揚げると、入れ替わる様に愛犬を連れた近隣住人達の姿がよく見られた。それらに交じって合間の休憩を取る これも近隣の会社員やタクシー乗務員達が訪れるのも、いつもの光景であった。
この日、午後からは少し雲が濃くなった様な趣(おもむき)だった。眼下の線路は、早朝から深夜まで JRや私鉄の各種列車が行き交い、鉄道ファンならずとも退屈を感じる事は 或いは少ないかも知れない。加えて 前述の公園で躾(しつけ)の悪い犬猫共が 粗相などの茶番でもしてくれれば、それなりに面白く楽しめるのも事実だった。
そうこうする内に、いよいよ前嶋が由香利と再び対面する時が迫った。これから彼が捉えようとしている JR中央西線下り貨物 8885列車は 5pm少し過ぎに末前陸橋の下を通る。彼は、由香利と会ったら ほんの少し待ってもらって撮影に及ぶつもりだった。「どうだろ・・」彼は一人ごちた。「一応、彼女に送っとくか・・」 そして、己のスマートフォンで、既に末前陸橋に着いた事を発信した。SNSには「位置がお分かりにならなければ、教えて下さい」と。
直ぐに、由香利から返信あり。「有難う。大丈夫、陸橋の位置は分かります。今、宿舎にいるの。これから出かけるけど、悪いわね。少し遅れそうだわ・・」 受けた前嶋、落ち着いて「有難うございます。急がないで下さい。自分も撮りたい写真がありますから、数分位の遅れが、丁度良いですね」と。
5pmまで後僅か。前嶋がその姿を収めようとする JR中央西線・下り貨物 8885列車は 5:03pm頃、陸橋下を通る。そろそろデジカメの構図やピント、露出などを最終的に合わせなければならない。狭い陸橋の歩道上、三脚の使用は許されない。手持ちの縦画像にて、一発で決めなければならない。準備が整ったその時、西の方から サングラスを着け、軽いウェーヴのロング髪をした 優れた体躯の長身の女性が、凛とした歩みで近づいて来るのが見えた。
「ありゃりゃ、間が悪かったりして。でも・・」見た前嶋は思った。「あの優れた歩み姿・・ホント、モデルレベルだな。あれ、間違いなく由香利さんだ。サングラスもバッチリ決めてる。想像通りだぜ!」初夏らしい淡色ブラウスに同系色のロング・パンツとローヒール姿。特に手回り品はなく、肩からの小型バッグを下げているだけだ。そして、まず微笑んだ瞬間、前嶋の方が頭を下げていた。
「邑井さん、昨日からご苦労様です!」 「前嶋さんも今日は。又会えて嬉しいわ」 「こちらこそ、ホント喜ばしいです!」何とか破綻のない挨拶で凌ぎ切ったかに見えたが、その前嶋がどこか落ち着かないのを、由香利は見逃さなかった。「所で、何かあるの?」 「ヤバイな。気づかれたか・・」直ぐに悟った前嶋は居住まいを正し「お会い早々ご免なさい!ちょっとだけ、お待ち下さるか?」 「あらあら、列車のお写真?鉄ちゃんなのね。勿論良いわよ、待ったげる」笑顔で応じる由香利。「済みません。仰る通り!」短い返事とほぼ同時、陸橋の北方から 二条の鋭い尖光が発せられた。件の下り貨物列車が、近づいて来たのだ。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 紺野ひかる
日野皓正さんの今回楽曲「シティ・コネクション(City Connection)」下記タイトルです。
City Connection