この雨は こんな風に聴こえる 第2話「横顔」
- 2020/06/20
- 10:39
宥海を見送った後 正装に着替えて就活絡みの用をこなした黒木は、その夜割合早めに 熱見神宮からも遠くない金盛副都心傍の、高層建物内の居所へと戻った。単身者や小家族向けの そう高級でもない 2LDKのマンション内だ。以前の勤務時からの住まいだが、建物の持主(オーナー)が彼の伯父だった事が幸いし、退社後暫く経っても 家賃と水道光熱費は事実上免除の状態だった。
「恆(ひさし)、しかしだ!」その折、伯父の黒木 基(くろき・もとい)は彼に言い渡した。「家賃と水道光熱費は、当面見逃してやる。その代わり、再就職の折には、持ち出し額が埋まるまで 賞与(ボーナス)の 8割を俺に渡す事。いいな!」 「はい、いいでしょう・・」本音では気が進まなかったが、基本収入ゼロの間は仕方がない。条件に応じると共に、週の半分は伯父の事務所雑用を応援した。就活日を除く 毎週火、木、土曜日は必出だ。
以前の勤務が営業職で 又、普免を持っていた事もあり、時には伯父や他の社員に替わって 顧客を現地や物件に案内する事もあった。又 土地や不動産のやり取りにはややこしい法務の事共も付きもので、その対応の為 伯父と長年交流のある法律顧問・巽 喜一(たつみ・きいち)弁護士もしばしば事務所を訪れ、又彼の事務所に呼ばれる事も度々あった。折に巽は「用務は慣れたかね?」とかの声をかけ、黒木も 「はい、お蔭様でボツボツってとこです・・」などと応じ。さり気ない、それでいて小気味よい会話は、彼も好感だった。「流石は弁護士だな。声かけが大事ってのご存知なんだろ・・」合間に、そう感じたりもしたものだ。
話を当日に戻す。体当たりされ ヒヤリとしながらも JR沿線の列車撮影を何とかこなし、昼を挟んで宥海を見送り、その後の用事をも済ませて夕刻居所に戻った時には、予報通り「降られた」。「まぁ良いや。降られるのも振られるのも、もう慣れたよ・・」夕食用の弁当や総菜を入手して帰宅。部屋着のトレーナー上下に着替え、シャワーから酒気を伴う食事を済ませた黒木は、たまにしか見ない TVをスウィッチ ON。7pm前後の気象情報が、宥海の担当だというのだ。
「ああ、確かに出てる。好い感じじゃないか・・」画面(モニター)の向こうに、濃色のビジネス・スーツ上下で固めた この日午前見(まみ)えた美顔があった。少しは慣れているらしく、まずは円滑(スムーズ)に番組を進める。降り出した雨は翌未明まで続きそうな事、一旦天気は回復も、この週末予想される次の降雨を以て、黒木らが暮らす中京地方は梅雨入りの模様などの情報が伝えられた。僅か数分の事だが、好感度も存在感もそれなりだ。
ネットで就活に関する情報を巡った後、黒木は 宥海の履歴が分るかな?とも思い、検索を実行した。果たして彼女の横顔(プロフ)がざっとながら判明した。
平 宥海(たいら・ゆうみ)は新進の気象予報士。父は某大手建設系企業役員の平 正興(たいら・まさおき)。現在は米国技術拠点の責任者の由。母の時恵(ときえ)は地元名門の K女学院大教授で、宥海もここの卒業生だった。在学中の先年までに、国家資格・気象予報士試験三科目を突破。専攻がメディア論だった縁もあって、準大手の気象関連企業へと進み、地元有力 TV局「N.G.T.V」の気象情報番組に起用されて三年目という所までが分った。
「ハハ、所謂『お天気姉さん』だな・・」検索を終えた黒木、思わず呟いた。と同時に、まだ十代前半の頃 親達の目を盗んでこっそりと読んだ艶系劇画「お天気お姉さん」の記憶も蘇ってきた。少し後、実写版が深夜帯の TV番組にもなり、秘かな楽しみでもあった。「そうそう、あったなあ・・」著者は確か、安達 哲(あだち・てつ)とかいう人物だった様な。
「まさか・・!本当にあの様にはならんだろうが・・」映像(ヴァーチャル)と現実(リアル)の区別位は分かっている・・つもりだ。そうこうする内に 9pm近く。再び TV画面をチェックすると、その時間の気象情報にも、又も宥海は出演した。話の内容は先刻と同じも、黒木の見る目は微妙に変わって行った。この回も数分で終了。
「確かにさぁ、平 宥海ちゃんの番組って隙がないよな。ディレクターとかから、余り肌の露出するなよとか言われてるんだろうけど。しかしだ・・」ここまで呟くと、彼は一つ深呼吸をした。そして「今夜はこの後も、スーツ上下で行くんだろが、見てるこっちは段々と、その着衣の下がどうかってとこに想いが行く訳で・・」妄想絡みの 漂う様な独り言の後ろで、降り続く雨音も何やら怪しげな響きへと変わって行く。
「何だろ。雨音までが 何か妖艶に聴こえてきたな。宥海ちゃん思い出すと、ホントは良からぬ事もしてみたくなるもんで・・」少し位は・・と思い、自慰行為に及ぶ。清楚なスーツ上下姿は、反って男に色んな妄想を抱かせる効果もあるらしい。下方を見てみると、黒木の「竿(男根)」はやはり敏感で、素直に勃起していた。先端の鈴口からは、前触れの透明液までが滲み出す有り様。
「もしもだが・・」彼は思った。「この反応が頭脳だったら、俺の生き様ももう少しまともだったかもだが・・」そう思う一方で、左手は勝手に竿の亀頭から幹にかけてを摩り始めていた。
「あはっ、うぅぅ・・!」暫しの「自家発電」を終え、一週間はなかった射精をやらかす。もう三十路に入った黒木だが、大学時代から恋愛めいた事共からは遠ざかっている。本当は女との交わりで遂げたい所だが。「現状は、こんなだからな・・」そう己に言い聞かせながらの後処理。就寝前に必ずチェックの経済ニュース「WBS」開始までには少し間がある。「もう一度、使うかな・・」とシャワーの為浴室へ。再び居間のソファに落ち着いた彼は、宥海から聞いた SNSのアドにメッセージを送る。
「番組ご苦労様です。7pmと 9pmの 2回見ました。どちらも好い感じでしたよ」 返信を期待した訳ではなかったが、意外に早く反応があった。「黒木さん、見て下さり有難う。やっと、今夜も終わりです。それでね・・」 続きがある様だ。「はい、聞きましょう」黒木が返すと「普段より時間が遅くてね。今夜は帰れなくて外泊になりそうなの。貴方、良ければ今から出られるかしら?」 「俺は良いですよ。もう時間も遅いから、こちらから顔を出そうか?今はまだ、局なの?」 「そうなの。階下のロビーで待ち合わせできれば嬉しいわ」 「良いでしょう。俺んちからは歩いても 10分とかからないから。じゃあ後で!」 「有難う。気をつけてね・・」
交信を区切った黒木、雨天につき 耐水上衣とアンダーを纏い、レイン・シューズも着ける。念の為傘を 2本携え、EVで階下に降りると、更に雨脚は強まっていた。「仕様がないな。俺は降られの・・いや振られの雨男・・と来たか」 あくまでもこの時は、ほんの少しの間 宥海と会って二言三言を交わした上、宿に送り込むつもりでいたのだが。しかし状況はどう変わるか分からないのも事実だった。降雨もあり、遅い時間の街灯りは心持ち暗い。しかし湿気は思いの他少なく、心地よい雨の夜だ。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 長瀬みなも
今回の「音」リンク 「クール・シャドゥ(Cool Shadow)」by MALTA (下記タイトルです)
Cool Shadow