交感旅情 第1話「行先」
- 2017/09/01
- 22:19
4/15土曜の夜遅く、後少しで日付が変わろうとする頃、A大学経済学部入学を果たしたばかりの阿久比 周(あぐい・あまね)は、総合予備校 佐分利(さぶり)学院時代の下級生 白鳥 健(しらとり・たける)の伯父 中条 新(なかじょう・しん)と共に、日頃のアルバイト先 欧風居酒屋「MURO」のカウンター席で会合をしていた。つい先日の12日、満二十歳を迎えたばかり。その事を知っていた中条は、周の休日 土曜日を選んで、この酒席を設けたのだ。
「周君、ちょっと遅れたけど、誕生日おめでとうな!」 「有難うございます!」節目の行事でもない限り、まず飲む事のないヱビス・ビールで乾杯し、次いで交際中の伊野初美(いの・はつみ)の入れ知恵もあり、少しワインに詳しくなった中条の提案で、フランス産のドライな白「シャブリ」と言う銘柄を冷やして開栓、鮭のマリネや鱸(すずき)のバター焼、ツナサラダなどで、ボツボツと飲んでいたのである。
中条は言った。「いやー、この日を待っとった訳よ。前から一度、君と酒酌み交わして、どうでも良い事を喋る。これが、俺の一つの夢でさあ・・」 周も「伯父さん、自分の方こそ、それ待ってましたよ。これからも、色々伺って、覚えて行きたいと思いますのでね。どうか、宜しくお願いします!」 「ああ、いいよ。余り良い見本じゃねぇかもだが、できるだけ希望には沿う様にするわな!」中条も返す。
「ホント、周 おめでとう!大きな区切りだな」ばい貝の蒸し焼きを手に、周の上司である、店主の室 静男(むろ・しずお)が顔を見せる。四十代半ばだろうか。背丈は中条より僅かに高く、浅黒で精悍な風貌が、同じく周の下級生 豊野 豊(とよの・ゆたか)の父 樹(いつき)を思わせる。ざっくばらんな性格も、どこか似ている様な。「店主(オーナー)も、有難うございます!」周も返す。
中条「これは室さん、有難う。これ、白ワインとめちゃ相性好いんだよなぁ!」 室「そうそう。今日、JR中央駅近くの生鮮市場へ回ってみたら、富山から極上のが入ってた訳。少し高めだったけど、十人前位入れた内のって事。これで完売だよ」 「おお、そりゃ、一番味の好いとこだな。楽しみだ!」 「新さん、楽しみはもう一つあるよ」 「おお、もっと好い。何だろう?はい、聞きましょう!」 「それはね・・」室は中条に耳打ちした。
「これから、Sタクシーの永(なが)ちゃんが、仕事が退けて、ちょっと寄るんだと。今日最後の客としてな」 中条「そうか、尚可って奴だな。おい、周君、聞こえたか?」 周「ええ、聞こえましたよ。S自動車の永野 光(ながの・ひかる)さんですね。花井社長の会社で、よくお会いしてました。いつかゆっくり話がしたいねって」 「その通り!彼もこの近所が居所でな。徒歩で来られるんだ。もう仕事は退けてるから、間もなくだろう」中条がそう返すのと前後して「いらっしゃい!」室の大きな挨拶が聴こえた。
「今晩は。あっ、中条さんに阿久比さん、見えてたんですね!」日付が変わる正に数分前、S自動車のタクシー運転手 永野が現れた。室に促され、周を挟む様に、カウンターに席を取る。落ち着いた店内は計約二十席余り。客は、中条らを含め、後三組数名と言う所だ。「永ちゃんは、何飲む?」室の声に反応しようとする永野を、中条が制す。「永ちゃん、今夜は俺に任せろ!」 永野「え、マジですか?」 「良いよう。年一回位!」迫力を伴う中条の言葉に、永野「有難うございます。お言葉に甘えます」 「まあ、そんなにかしこまるなや。肩の力抜いて、話そや」 「・・ですね」 「室さん。永ちゃんもヱビスですと!」 「了解!」
永野の元に、ヱビス・ビールとグラスが回される。「じゃ、改めて乾杯!」 「はい、阿久比さん、お誕生日おめでとうございます。晴れて、二十歳ですね」 「ええ、永野さんも、有難うございます!」周も、永野に答礼す。グラスを上げ、天ぷらが追加され、更に話が続く。
「有難うございます!」二組の客が店を後にし、残るは中条ら三人だけになった。もう一人の若いアルバイト男子に、閉店の段取りを指示しながら、室が言う。「後二十分位でキリだからさ。それまで、エロ話でもしててよ」 中条「ああ、有難う。俺たちも、必要なら応援するからな」 「大丈夫。ただ、最後の賄いのとこだけは、周に動いてもらうから。お前、まだ酔ってないよな」 周「はい、まだ大丈夫ですよ」 「よしよし、新さんや永ちゃんに、色々教えてもらえ」 「はい、分りました」
「と、言う事です」中条が言った。「永ちゃん、何が聞きたい?」 「はい、そうですねぇ・・」考えながら、永野が返す。「中条さんが、よく自分の車に乗られた時にされる、風俗の話の続きなんかを、とか思うんですが」 「ハハ、やっぱりそっちが聞きたいか?」永野のグラスに、残りのビールを注いでやりながら、中条が続ける。傍らで、周も、ニンマリしながら耳を傾ける。
「まあ、俺はねぇ」 「はい」 「余り、深い行為を伴うソープとかは、余り好かん訳ですよ」 「ああ、そっちの方は余り・・ですか。JR中央駅の西口からちょっとの所に、結構好いとこもあるんですが」 「西口って言うと、昔の遊郭のあった辺りだよね。所謂『大門』て言う辺さ」 「そうですね。そう言う自分も、たまにお客の送迎する事がありまして」 「まあ永ちゃんの目からはモノ足りんかもだが、俺はどっちか言うと、深いとこ飛ばした『ヘルス』系の方が好きだな」 「なる程。それも勿論、ちょっと前の事ですよね。これ言うべきじゃないかもだけど、今は婚約者(フィアンセ)さんがいらすから・・」 「まあ、婚約者みたいな女性(ひと)だけどな」
会話の途中、室が「ちょっと、夜間金庫行って来るから」と、アルバイト男子を伴い、十分間程留守。若い彼は、そのまま退勤となる。「まあ、気をつけて!」中条と永野が応じると、周「あれ、自分が彼と行くつもりだったんですがね」 中条「ああ、そうか。まあ、室さんが気を遣ったんだろ。好いんじゃね?」 永野も「そうですね。ここは店主(オーナー)に任せれば良いでしょう」と応じ。
「お待たせ!」 「お疲れ様でした!」仕事を終えた室が、中条たちの席に加わったのは、日付が変わって二十分余り後。ヱビス・ビールが更に一本開けられ、改めて四人で乾杯。「周、新さんたちが、これから夜の事も教えてくれるぞ。楽しみだな!」 周「有難うございます!ホント、そっちもお願いしたいとこでして」 中条「うんうん。まあ徐々に進めようや。一篇じゃ無理だし」返し、永野も「そうそう、初めから飛ばし過ぎはいけません」と応じ。
中条「では、さっきの続きを・・」 他の三人「はい、宜しくお願いします」 「・・で、俺は、深い核心の行為はないけど、それ以外全部OKの、ヘルスの方で主に楽しんでた訳」 永野「なる程。・・で、ヘルスと言いましても、主なのだけでも三つあるのはご存じですよね」 「ああ、知ってますよ。店の個室でやる『箱ヘル』と、ホテルの部屋へ行く『ホテヘル』それに自分ちへ呼ぶ『デリヘル』てとこか?」
永野「はい、その通り!中条さんは、全部お試しになったんですか?」 中条「ああ、まあね。『嬢』で一番ハズレがないのは、やっぱり箱ヘルだけど、近頃は随分やり難くて減った様だな。で、ホテヘルにデリヘルは、プライバシーの方は○なんだが『嬢』に当り外れが多くてな」 「そうですか。当地以外でも呼ばれた事ありました?」 「うん。札幌と東京、それに福岡が少しずつ・・かな。大阪は、そのものは盛んなんだが、当り外れが多そうで、見合せたよ。それと・・」 「はい。それと・・を伺いましょう」 「もう一つ、新潟な」 「ああ、新潟ね。あそこも、ポイントは高いみたいですね」
中条は「そう、永ちゃんの言う、ポイントは高いな。勿論、当り外れもそれなりなんだが。で、周君」と周に話を振って行く。 周「はい・・」応じると「実は、月末の記念旅行の事なんだが、行先が新潟なんだ」 「おー、そうですか。あそこも好い土地ですよね」 「まあね。酒も米も海鮮も好感だし、温泉もある。海も山も、眺めは好いし、鉄(道)マニアには、蒸機もお出ましだ。まあ大抵の役者は揃ってるって事で」 「あはー、そりゃ期待が持てますね」 「更にだ」 「更に・・はい」 「今回は、もう少し好い事をと思うんだ」中条はこう言うと、グッと一膝、周の方へにじり寄った。
つづく 本稿はフィクションであります。
今回の人物壁紙 吉沢明歩
今回作の音楽リンクは、葉加瀬太郎さんの楽曲を取り上げて参ります。まずは「With One Wish」下記タイトルです。
With One Wish
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