想いでの山峡(やまかい)~林間学級の秘密 第15話「回想」
- 2016/09/27
- 21:38
講師の寝室に入った初美と香緒里。少しの寝酒を嗜みながらの思い出話が少々。
欧州産の甘いリキュール、グラン・マルニエのふくよかな風味と香り、それに軽い酔いが、二人の間の緊張を解き、口調を柔らかなものにして行ったのは事実だろう。
初美「あの音大は、あたしも志望してたの。学科で不合格になっちゃったけどね。で、貴方は上位で合格。ピアノ科を首席で出て来ましたっと」 香緒里「そうそう、そうだったわね。でも私は、途中で語学の方が良くなっちゃって、そちらに力が入る様になって行ってね。それと、歌手も憧れだったけど、声楽の方では、どうしても初ちゃんに勝てなかった。まあ今も、それなりに充実してるけどね」共に苦笑した。
初美が続ける「あたしが、プロ歌手のオーディションまで進んだのは、知ってるわよね。ホント、デビュー目前だったんだけど、前から知ってた、佐分利学院の理事長が『君は教職の方が向いてる。そちらへ進むべき』と誘ってくれた訳。そこへ、あの事件があったのよ。もう余り、思い出したくないけどね」
香緒里「チラっと聞いた事あるわ。貴方も一時関わってた、東京の芸能プロの集まりの席での事でしょ」
初美「そうそう。オーディションの一次が通って、二次選考のあった夜だったわね。芸能プロの社長主催の夕食会に、あたしとプロ候補が何人か行った訳。事務所の上部と、ある政治組織の役員方も何人か来てたんだけど、それらの中に、とんだ不心得者が二、三人位いたの。あたしは、その一人にマークされて・・」
香緒里「聞いてていい?大変だったんでしょ」 初美「いいわ。でもホント、もう少しで暴行される所。ああ言う料亭とかって、看板にはないけど、裏でわからない様に性交(セックス)のできる部屋がある様で、その時被害に遭った娘(こ)もいたみたい。で、間一髪、逃げ出した所に佐分利理事長がいらし、何とか助け出された訳だけど」
香緒里「なる程。そう言う縁だったんだ。大丈夫。もう余り訊かないからね。安心して」 初美「そうしてくれると、有難いわ」
香緒里「でも、自分一人で抱え込んでないで、話しちゃった方が良い場合もあるしね」 初美「それもあるわね。あ、上りの貨物便が来る」何かに呼応した様な、彼女の様子。
午後10時半頃、JR中央西線 上り方面への轟音と、重い送風機の音が響く。同時に、暗闇を切り裂く鋭い警音が一声。M県下へ向かう、5880列車だろう。初美「電気機関車のEF64だわ。それにしても・・」少しの間の後「何と言う、悲しい調べかしら・・」途中から涙声になった。あの記憶が蘇ったのだろうか。
香緒里「初ちゃん、分るよ。あの汽笛、確かに、何かを嘆き悲しんでいる様にも聞こえるね。・・そろそろ休もうか」初美も頷いた。
二女講師、横になり消灯せんとする時、遠ざかる、鋭い警音もう一つ。初美の嗚咽が聞こえた。香緒里「初ちゃん。泣かないで・・」
「お早うございます!」翌7月25日の土曜。晴れるも雲多め。二少年の、6時前起床と草サッカーの朝錬、それにシャワー後の朝食までいつも通り。この日は昼前、予定を早めて佐分利学院の養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)が、ここ中山荘(ちゅうざんそう)へやって来る日である。
午前の前半、彼たちは、この日午後川下の親類宅へ向かう、香緒里の授業に臨む。
「ようこそ。宜しくお願いします!」10時半過ぎ、普段より遅めに出動の管理人 早瀬夫妻の車に同乗して、小町も到着。午前の後半、二少年は自習。二女講師と小町主任は、昼食まで、林間学級の進行のあり様をメインにミーティングを行う。中心議題は、月が明けて8月3日(月)から7日(金)にかけての一週間弱の学習内容についてだった。
三人の女講師が顔を揃えるとあって、早瀬夫妻の好意で用意された自慢の一品、散らし寿司で昼食。
午後は、早瀬管理人が二少年を、木曽川まで水浴に案内してくれた。彼たちも、各々海パンを用意していて、本気で泳ぐレベルではなかったが、早瀬に教えられた安全エリアで、軽く水遊びと言う風情であった。勿論、上流のダムが放水にかかる時は、即中止。すぐに川から上がらなければならない。
少年たちが、水浴から戻るのと入れ違いに、香緒里が中山荘を離れる。次に来るのは明後日。27日月曜の午後だ。「行ってらっしゃい。お気をつけて」残る全員で、見送る。香緒里「有難う。でも、今度は小町先生がいて下さるから、心強いわ」小町「留守中、こちらの事は任せて」こう返す。
夕方前、管理人 早瀬夫妻も帰宅。見送る初美と小町「予定通り、明日はどうぞ終日お休み下さい。お家のご用もおありでしょうから」「有難うございます。お言葉に甘えます」夫妻も、丁寧に一礼して離れる。二少年と共に、四人が残る。
「ちょっと、この後の事だけど、いい?」「ええ、いいわ」小町は、ほんの一時、初美を教室の隅に呼んで、立ち話をした。
二少年の傍に戻った初美「さあ、早目に入浴、そして夕飯にしましょう。夜は本荘先生の講和、楽しもうね」「了解しました。面白そうですね」彼たちも、気軽に応じる。
二女講師、二少年の順で入浴後は、小町が道中入手した惣菜数点と、管理人自慢の散らし寿司の続きで夕食。曇り日につき、天体見物は諦め。庭の水場での、蛍の舞を一時チラ見の後、TVやスマート・ホンのチェックなどする内に、講師の寝室から声がかかる。
「二人、ちょっとこちらへ」普段と違い、声の主は、小町だった。
(つづく 本稿はフィクションであります 2016=H28,7,12記)
今回の壁紙 JR中央西線 須原~大桑間 長野県大桑村 2013=H25,1 撮影 筆者
渡辺貞夫さんの今回楽曲「アース・ステップ(Earth Step)」下記タイトルです。
Earth Step
JR電機 EF64(1000代)の警音が聴けるシュミレーション画像 下記タイトルです。
EF64 1002