交感旅情 第28話「川路」
- 2017/10/28
- 16:18
穏やかな陽射しの下、山間から平地へ向け、それまでの荒さを和らげ、堂々とした たおやかさに変わろうとする、阿賀野の川面(かわも)を、他の旅客と共に、中条たち一行を乗せた和式の川船が、ゆっくりと巡っていた。40人は乗れるだろう船内は、全面座敷の土足禁止。30人弱の乗客の履物は、後方の下足箱に預けられる。
操船は、これも船尾の方、軍艦の艦橋(ブリッジ)を小さくした様な操舵室(コクピット)で船頭が頑張る。30~40t級の、少し大きい船体の為、各地の川下りでよく見られる竿で漕ぐ事は叶わず、最後端に備わる、大き目の船外機 2基で推進する格好だ。乗客の案内は、ガイド役も兼ねる、主にボランティアの補佐が担う。船頭もそうだが、この日含め、多くは中高年の人々。一部に女性の係もいる様で、人物にもよるが、概ね小気味よい進行で、好評の様だ。
山間から抜け出たばかりの阿賀野川だが、すぐ川下の人工堰 阿賀野川頭首工の効果もあって、一見しての流れは緩やかだ。沿岸は、少し前までの桜の見頃が終わり、清々しい新緑が目立ち始めた所。別の意味ではなく、人々の目の安らぎとなった。中条は言った。「本当はさぁ、これで冷酒でも飲めりゃ最高なんだが」
これに対し周(あまね)「本当は・・ですね。ですが今日は、昼食や、帰りの蒸機の列車でも、酒気が出そうだから、ここはなくても良い様な・・」 「うん。まあ無理せん事だな。特に、普段慣れてねぇ船だ。もしかして、船酔い・・なんて事になると厄介だし・・」と続けた所へ「それに、初めから飲んじゃダメってモンも、何人かいますよ!」宙(そら)と由香、由紀の姉妹にも突っ込まれ、男二人の、船上での飲酒は幻となった。
一旦、船外機の威力で、少し川を遡(さかのぼ)った後、踵(きびす)を返してエンジンの出力を下げ、暫し流れに身を任せる。行程のほぼ中間の左岸が、前夜一行の泊まった宿の、屋敷や高層建物の辺り。「あそこの階の角が、あたしたちの泊まった部屋ね!」初美を含めた 女四人が、その方を指差し、笑いながら言い合っていた。人工堰のある手前、佐取(さとり)と言う地点の辺りで、船は再び反転。もう一度、船外機をフル出力に戻して、右岸にある「道の駅 阿賀の里」傍の船着場に還(かえ)る。出発から、ほぼ 40分の行程が終わった。
「有難うございました!」 「お世話様でした。楽しかったです!」乗員たちと挨拶を交わし、再び回って来た宿の車で、今度は JR咲花駅へ。由香、由紀の木下姉妹はこの川上、三川(みかわ)と言う所の、中学校の傍から、上り蒸機列車の撮影に臨むのだ。運転席に収まった由香と、助手席の由紀に向かい、中条が言った。
「とに角、R49をそれずに会津方面へ向かう事だ。三川のその場所までは、順調なら 20分とかからんだろう。時間はあるから、気をつけてな。我々とは『道の駅 西あいづ』で又、会おうや」「有難うございます。分りました。伯父様たちも、お気をつけて、じゃ、又・・!」先に出る、姉妹の車を会釈で見送ると、後の四人も、宿の車で出発。咲花駅には、丁度 10amに着いた。
「今朝まで、有難うございました。では、皆様のお手回り品は、新潟の今夜の宿に届けます」運転を担う、宿の管理スタッフの言葉に、中条は「こちらこそ、お世話様でした。荷物の方、ご面倒ですが、宜しくお願いします!」一礼を交わした後、宿の車は一旦館内に戻った。恐らくは、追加で積む品物があるのだろう。
数分の後、県境を東へ越え、会津若松へ向かう 上り普通列車は定時にやって来た。昨日とは逆で、最新車 E120型ディーゼル気動車が先頭に出、後二両が 110型車だ。堅めの座席と、金切り声みたいな走行音が敬遠され、一行は、後方の車両に乗り込む。
「ホント、110型は、シートが好いですね」周、感心して呟く。聞いた中条「俺も同感だ。それと、足回りな。ディーゼル車両でこの鋭さなら、不満なしだ。これは、聞いた話なんだが・・」 「はい・・」 「東北の方で一時期、秋田新幹線開通の絡みだったかもだが、特急列車に使われた事もあったらしいわ」 「あは、そりゃ凄いですね。勿論、座席(シート)は交換されたんですよね」 「そうそう。全国の特急で同レベルの、リクライニングできる奴な。でも、基本性能が凄かったから、そんな運用もできたって事だよ」 「なる程ね。確かに、今の座席も心地良いですし」
それを聞いた宙「うん、分るよ。一番新しい車は、座席が堅いからちょっとなぁ・・て思ったのよ」 周「貴女もそう思うか。初美先生も同じ・・ですかな?」さり気なくそう振ると、彼女も「ええ。宙ちゃんのお話しは、良く分るわ。あたしも同感よ」と合せて来た。
「有難うございます!」と返した周だったが、列車が山間に差し掛かった頃から、別の事を考え始めていた。一行が陣取った四人用ボックス席の対面に、二人向い合せの席が空いていて、一つ先の東下条(ひがしげじょう)を発つと、宙は「周さん、ちょっと・・」と、その二人席へと手招いた。「はいはい、何かな?」周が応じ、席に着こうとすると、宙は 彼の上体をぐっと引き寄せ、耳打ちした。
「あのね・・」彼女は言った。周「ああ、いいよ。聞こう」 「貴方も、とても気になる事よ」 「ああ、続けてくれ・・」これを受け、宙は少し姿勢を正してこう言った。「初美先生の事よ」 「うんうん・・」 「出かける時から思ってたんだけどさ」 「ほう、それで?」周の反応を見ながら、尚も続ける。
「伯父様と仲良くお話してるとこ、見てたんだけど、女のあたしから見ても、とても魅力有りなのよ」 「ちょっと待て・・」周は、一瞬制す。「はい、何かしら?」宙が返すと「それは、その・・もう一つの意味でそうだって事か・・?」 「何だかまどろっこしいわね。もう少し、直接(ダイレクト)に言ってもいいわよ」彼女は、少し苛立った様だった。そこで周は「それは、つまり・・性的にって事かよ?」思い切って訊くと「ピンポ~ン!正にその通り。エロい、セクシーだって意味よ」 「あ~あ、ちと、目と下半身の毒だよな。そんなの、暗くなって、新潟へ戻ってから言えよ・・」と呟くも、宙の言葉は、周の本音を代弁していたと言って良い。
中条は、先頭車に移って川沿いの風景を追っている。一人窓側に身を沈め、物想いに耽りながら窓外を眺める、初美の姿は、その時の周には、特に妖艶に映っていた。服装こそ春物のブラウスにデニムのロング・パンツ、薄手の上衣にスニーカーと、隙の少ない装いだったが、それが反って「男の想像」を掻き立てる事となったのも事実。現代の日本女性的清楚さを持つ宙や、それにほんの少しの華(はな)ある、由香、由紀の木下姉妹とも異なる、欧米ハーフ的な美貌とくっきりした目元、前出三人と異なる、長めの少しウェーヴのあるブルネット・ヘアも気になる所。若い三人は、いずれもストレートか軽いウェーヴのある、長めの黒髪だからだ。
「あの普段着の下の、神秘が見たい」想いが、徐々にだが 周の思考に入り込み、支配して行く様な風情が表れて行く。宙は、その恋人であるにも関わらず、恩師とは言え、他の女性である初美の事共で、彼の性的感情を煽る様な挙に出始めたのである。
列車が、三川に差し掛かったのが、咲花を発ってからほぼ 15分後。ここも、桜の時季はほぼ終わりだが、入れ違いに、遅咲きの八重桜が、少し濃色の、魅力的な花を見せる時季であるのも事実だ。「成る程な。由香ちゃんと由紀ちゃんは、これを狙ってるのか・・」中条の言葉に、他の三人も頷く。少し離れた R49沿いの、コンビニ店がある広めの駐車帯に、黄色の乗用車らしい車が停まっている。どうやら姉妹は、無事到着したらしい。
山峡の街 津川、そして鹿瀬(かのせ)わ経て、列車は、磐越西線で最長、2000m超の平瀬(びょうぜ)トンネルに飛び込む。長大(ロング)レールの威力で、以前は気になった、鉄輪が線路の継点(ジョイント)を打つ音こそ聴こえないが、代わりにディーゼル・エンジンの響きと風切り音は相当なものだ。それに乗じて、宙は 周に訊いた。「ズバリ訊きます。貴方は、初美先生と交わりたいの?」
「困った事を訊く奴だな・・」周は、内心思うも「もしも『そうしたい』と言ったら、貴女は怒る・・か?そうだろうな・・」と応じた。対する宙「いいえ、ホントの事を言ったって、あたしは怒らないわよ。だって、周さんがそうしたいなら、あたしにも考えがあるもの」 「そうか。まあ、ホントの所は『一度 寝てみたい』て想いがない訳じゃないな」
聞いた宙「周さん、有難う。素直で素敵だわ。貴方がそうなら、あたしも、あの方に試したい事があるの。そうなればそれで、楽しみだわ」そう言い、微笑んだ。「ちょっと薄気味が悪いな。何を考えてる?」周はそう呟き、宙の方へ向き直った。「大丈夫よ。今夜、全てが分るわ。ああ、深い山間。心が洗われるわね。次の目的地、楽しみだわ」 「ああ、まあな。この風景は、確かに落ち着くわ」周も、そこの所は賛同した。長いトンネルを抜けた列車は、日出谷(ひでや)、豊実(とよみ)の各駅を経て、県境を東へ越え、徳沢から「銚子の口」峡谷を抜けて、福島県側へと至る。上野尻発電所脇の桜の園は、もう一日見られそうだ。「車窓からのお花見も、素敵ね・・」初美は、そう呟いた。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 石原莉奈
葉加瀬太郎さんの今回楽曲「ひばり(Lark)」下記タイトルです。
Lark
新潟・阿賀野川遊覧船関連情報 下記タイトルです。本稿とは異なる箇所もあります。
道の駅 阿賀の里
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