パノラマカーと変な犬 第1話「事態」
- 2018/01/05
- 19:25
「どうも、毎度有難うございます!ご心配かけまして、済みませんでした!」 「いえいえ、御社の方こそ、ご苦労様でした!」 「では、又 宜しくお願いします!」東海地方は A県N市内の取引先に、受注していた壁紙を 納期ギリギリで届け、納品控を受け取って辞さんとする、夏スーツにタイ 革靴を纏った 中条 新(なかじょう・しん)の姿があった。
時は 6月中旬の金曜午後。雨がちの気候多い梅雨時なるも、この日は中休みという風情の晴天。日中の気温も、夏近しを感じさせる 些(いささ)かの暑さを感じさせるものだった。まだ 冷房が欲しくなる様なレベルではなかったが。
駐車場の一隅を借りていた 愛車 群青色のニッサン・ウィングロードに戻った彼は、直ぐに発進、N城址西方の勤務先へと 帰途に就く。丁度、普段乗る 社用のワン・ボックス車を、社長別件の為 召し上げられてしまい、この日は 自身の愛車での外務となったもの。
義弟が社長を務める、住宅建物内装材卸会社が、中条の勤務先だ。彼自身も、同社の一取締役を務める。当然の事だろうが、戻れば戻ったで、倉庫の商品や、パート、アルバイトの係に任せていた作業の後チェック、彼自身がなすべき デスクの事務処理が山積しているはずであった。
「金山(かなやま)」と言われる N市副都心近くの この日の取引先から、N城址西方の勤務先までは、かかっても 30分弱で、急ぎを要する行程ではない。中条は、複数ある国道 R19の左寄り車線を流しながら、民放ラジオに耳を傾け、その一方で 赤信号で停まった折には、帰社後になすべき作業の段取りとかをそらで行いながら、車を進めた。
勿論、それらの合間には、決して大声では言えない 邪(よこしま)な想像も、脳裏をかすめたりしたものだ。例えば、この五月連休に訪れた 新潟辺りの旅の折、昼夜の行動を共にした 交際中の伊野初美(いの・はつみ)以下 若い女たちとの熱い記憶とか。
「勿論、俺には・・」彼は想った。「そりゃ、一番の大切は 初ちゃんだ。しか~し!」想像は続く。「(花井)宙(そら)姫も、木下の美人姉妹も、それぞれに超のつく魅力ありだわなァ!」更に続く。「特に俺的には・・」 「妹の由紀ちゃんの尻・・あれ、最高だぜ。キュッと上向きで、締まりも形も言う事なし!それに・・」 「肌も白くて綺麗、欧米人より品良くて、こっちも文句なしと来てる。ああ・・」
「ホントはいかんのは分ってる。尻ばかりやなしに、美乳や美顔、美脚に髪型とかも称えんとってとこもなァ。後 秘溝な。オマンコ・・じゃなかった オメコと下草も、そりゃ素晴らしいもんだ。しか~し!」 「やはり、あの美尻の記憶は、どう努力しても消せんわ。叶う事なら、又 鷲掴みにして じっくり、ネットリと撫で回してみてぇもんだわ!」かように 芳しからぬ事を想像しつつ、勤務先へと近づきつつあった。
夕方までは まだ間があるも、東海地方の 輸送における自動車依存率は、全国一の六割超。ここ N市内の主要道路各線も、日中といえど混雑しがちで、渋滞する事もしばしばだ。この日は、まだしも交通の流れは良い方で、帰宅ラッシュが始まるまでに、車を使う要件は 片づけておきたい所だ。帰途の大半を過ぎ、帰着まで 後 10分ちょっとという所で、中条にとっては 大いに芳しからぬ事態に見舞われる事になる。
前方に、そろそろ N城址が見え隠れする やや大きめの県道交差点に差し掛かった中条の車は、赤信号で一旦停止。彼の習慣で、信号停止が長めの時は、イグニッション・スイッチを切る事にしていた。AT車につき、シフトは当然 P位置で、手ブレーキも引いていた。もうすぐ帰社という事もあり 左寄り車線を取り、歩行者複数が渡る横断歩道まで 少し距離を置いた、停止車列の先頭。彼以外の各車線には、ポツポツと後続諸車が追いつき始め、平穏な信号待ちとなる・・はずだった。
が、現実は違った。丁度、横断者が途切れ、その方の歩行者青信号が点滅に入る 正にその時・・「ドォォ~ン!」打ち上げ花火の様な 少し籠った音響と、思い切り蹴りを入れられた様な衝撃が、中条の背後を襲った。偶然 ブレーキ・ペダルに足を乗せていた彼は、反射的に それを踏み込んだ。車は 辛うじて前に弾かれず、停止位置に踏みとどまった。もし 前に押し出されれば、横断歩道を割り、重大な二次事故を生じていたかも知れなかった。
「やったな!この ボケ~ッ!」中条 降りかかった事態を理解把握するに、一呼吸を要した。そう、彼と彼の愛車は、追突事故に遭遇したのであった。衝撃の多くは腰の辺りで感じられ、首や背筋に 大きな負荷がかからなかった様であるのが、或いは不幸中の幸いだったかも知れない。懸念される 首などへの不正な痛みや違和感も、ひとまずはない様だ。 法制化された、シート・ベルト必着のお蔭もあろう。
「あ~あ、やられちまった・・」安全を確かめ 車外に出た男は、まずは自車と相手車のダメージの様子を見る。追突を食らった 彼の車は、リア・バンパーとリアドアが大きくひしゃがって ドア窓ガラスも失われ、開閉できない状態。車体リア部も、かなりの変形を来している。
「あ、拙いな・・」男は、咄嗟(とっさ)に呟く。ヒットした相手車は、深紅色の外国産らしく、これも凹型に変形した前グリルに、斜めのストライプが走るのが見られた。どうやら、北欧産のボルボらしい。「ふ~む、悪くすりゃ 廃車かな・・」とも思う、彼だった。
「ちょいと、降りてもらおう・・」気持ちを落ち着けた中条は、事故状況を一瞥すると、交通警察に事故発生を報告。次いで、何とか開いた運転席背後の右ドアから 三角形の停止表示板を取り出し、追突した外国車のやや後方に設置。事故を見た後続諸車は、大きく苛立った様子もなく、中条らの右側車線に合流の上、少し滞りながらも、粛々と進んで行く。或いは 表示板設置の折、会釈で陳謝の意を表しておいたのが、良く利いたのかも知れなかった。落ち着いた所で、勤務先にも 抜かりなく一報。
「さあ、話を聞こうか・・」もう一度、二台の事故車の所へ戻り、厳しく対応を促すべく、追突した外国車の運転席周りに目を遣った中条だったが、次の瞬間「!」 言葉を失った。SRSエアバッグが動作して、混乱の極に陥った趣(おもむき)の 大坂方面ナンバーを掲げた 深紅の車の前席で、全身をこわばらせ 青ざめ震えていたのは・・
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 市川まさみ
今回作の音リンクは、横浜のピアノ奏者 中村由利子さんの諸作を取り上げて参ります。
今回は「トワイライト・ウィンド(Twilight Wind)」下記タイトルです。
Twilight Wind