パノラマカーと変な犬 第2話「対処」
- 2018/01/07
- 21:56
「おい二人!大丈夫か!?」自車に追突した、深紅色の乗用車前席に目を遣った中条の、憤りの気持ちが別の感情に移ろうのに、数秒も要さなかっただろう。顔色の変わった 彼の視線の先で肩を寄せ合い、固まって震えていた 若く美しい二人の女は、紛れもない 木下由香(きのした・ゆか)・由紀(ゆき)の姉妹であった。
「ご免なさい!(事故)しちゃった・・」姉の由香、力なく呟く。助手席の由紀は、言葉もなく、男の方へ ただただ頭を下げ続ける。「いやぁ、ご苦労な事だ。こんなんは、初めてか?」彼が訊くと、由香は「ええ、初めてでして・・」呟く様に返す。「怪我はねぇか?二人とも、顔は大丈夫そうだな」中条は、続けて尋ねた。
姉妹の愛車 ボルボ V40も、当然 SRSエアバッグを備え、正常動作していた。これも当然の、シート・ベルトを締めていた事もあって、二人とも、懸念された顔のダメージは免れていた。男は続ける。「脚はどうだ?痛みとかは感じねぇか?」 対する姉「ええ、それはない様ですわ」 隣の妹も「あたしも感じまへん。大丈夫です」少し余裕ができたか、微かに笑みを浮かべて返した。
「そりゃ良かった。後で、念の為 もう一度見とけや。警察へは、俺が連絡した。もうすぐ係官が来るだろう」そう言う中条も、一安心の風情だ。直後に、交警の 齢(よわい)三十代位の巡査長が到着。何と、回転灯を光らせた 白バイに乗ってのお出ましだ。
「ご苦労様です!」中条が、事故当事者を代表して挨拶。「はい今日は。皆さんも、大変だったですね。ではまず、運転者さんの免許証を拝見しましょう」 「了解しました。宜しく お願いします!」 「どうも済いません!あたしのは、これでして・・」運転の二人が、前後して免許証を示す。有効期限と免停とかの有無を確かめた 長瀬 道彦(ながせ・みちひこ)巡査長は「はい、有難うございます。それでは、中条 新(なかじょう・しん)さんでよろしいか?事故の概要を、ざっとお聞かせ下さい」 「かしこまりました。では・・」
彼は、長瀬巡査長に 事故の大体の所を説明。怪我人がいない模様もつけ加えた。主な原因は、由香の、赤信号確認とブレーキ遅れの様だった。話が区切られると、長瀬は由香に「今の、中条さんの説明で間違いありませんか?」と確かめ、彼女も「はい、今のご説明で間違いないです」と返し。合間に男は、自動車保険会社とも連絡を取る。
現場写真を、数カット撮影した長瀬は続ける。「それでは、少しの間 本署で詳しくお話を聞きたいので、中条さんのお車は、何とか走れるかな。木下さんの方は、何かあるといけませんから、今 レッカー車を手配してます。少しお待ち頂いて、到着次第、ご足労下さい」 「はい、分りました。ご面倒をかけます!」事故から半時程後、長瀬のバイクに先導され、レッカー車に率いられて姉妹の車が、続いて 後方にダメージを負ったままの中条の車が自走で続き、程近いW区の警察署へ。
ここでも、事故車の検証やその車検証の確認、写真撮り、事情聴取や事故証明の説明などで、小一時間。事故発生から一時間半余りが過ぎ、道路の混み合う夕刻が迫る。中条は、合間を縫って 己の勤務先や、日頃世話になっている整備工場とも連絡を取り、事故車の入場手配を取る。ついでに、姉妹の車も ここの工場入りする事になった。
「それでは、警察サイドの処理が終りましたので、後は保険会社さんや弁護士先生を交えて、示談に当たって下さい。無事終了をお祈りしますよ」 「有難うございます!ホント、気をつけんといけませんな」中条、ここからは 暫し長瀬と雑談になる。
中条「ご存じかもですが、以前 F‐1 レースを走った、中嶋 悟さんや鈴木亜久里さんが『もらい事故でも恥ずかしいと思わなければダメ!』と言われてたの、思い出しましたよ」 長瀬「ああ、中嶋さんに鈴木さん・・存じてますよ。私の餓鬼時分に頑張ってられましたよね。中条さんは、鈴鹿サーキットへはお越しになりましたか?」
中条「はい。ええ、平成の初め頃だったかな?まだ二十歳そこそこの頃、お二人が揃って入賞された折 見に行ってましたね。あの時は、決勝スタート早々 優勝候補のアイルトン・セナとアラン・プロストが衝突して、大波乱だったですね」 長瀬「そうですね。あの時(1990=平成2年)は、大変な展開だったのを、小さかった私も 親たちに連れてってもらい、目撃したのを覚えてますよ。件(くだん)の衝突の後、一時 ナイジェル・マンセルが首位だったんですが、ゴールまでもたなくて、結局 優勝はネルソン・ピケだったですね」 中条「そうそう。セナと同じ、ブラジル出身の勇者だったですが、あの二人の仲は 芳しくなかったらしいですね」 長瀬「F-1 もそうですが、レースの世界も 色々と難儀な事がある様でして」
そうこうする内に、整備工場のトランス・ポーター車が現れる。自走できない、姉妹の車を工場に入れる為だ。ついでに、中条の勤務先社長たる義弟も、社用車の トヨタ・ノアに乗って現れた。
「雄(たけ)ちゃん、ご苦労様!心配かけたな」 「兄者こそ・・マジで怪我なしだな?」 「ああ、見ての通り、ピンピンだ。相手方の、美人姉妹さんもな」中条と、義弟にして社長の 白鳥 雄人(しらとり・たけんど)が挨拶代わりの会話。「社長さんも、ホント申し訳ありません。お仕事の方も、狂わせちゃって・・」由香が前に出て、雄人に謝罪す。対する彼「いやいや、皆 無傷で良かったよ。今からさ、念の為に 皆を近くの病院へ連れてくからな」と言い。これを受け、姉妹は 工場入りする事故車から、各自の手回り品を降ろす。
中条が「会社はいいのか?」と訊くと「専務(社長夫人 つまり中条の実妹)が仕切ってるから大丈夫。それより、症状なくても内側が心配だ。車の方は、工場のメンバーに任しとけばいい。さあ、お姉さんたちも乗って、病院へ行こう。巡査長さん、今日はご面倒をかけました!」 中条も「ホント、お世話かけました。短い時間だったけど、楽しかったです!」 そして姉妹も「本当にお手数かけて、済みませんでした。有難うございました!」口々に挨拶。長瀬も「ご苦労様でした。怪我がなくて、良かったですね。それじゃ、又 何かありましたら」凛とした、敬礼で返した。
雄人が、事前に連絡してくれたお陰で、中条と姉妹の診察は、さほどの待ち時間を要さなかった。診察の結果、三人とも無傷である事が確認され、今度の事故は、物損事故として処理される事が決まった。中条は言った。「由香ちゃん、良かったな。もしも怪我人がありゃ、人身事故になって 後の処理が厄介なんだが、物損で済めば、割とスムーズに進むだろう。二人の車には、ドライヴ・レコーダーがあったな。長瀬さんも資料を取られてたが、あれ、示談の時必ず要るから、保管をしっかり頼むよ」 「はい、分りました。ホンマ、今日は済いませんでした!」この日の事故処理は、一応 終りを告げた。
雄人「由香ちゃんたちは、ホテル泊まりかな。送ってくから、そのまま乗っててくれよ」と言い。 姉妹が「はい、有難うございます。社長さんも、今日はホンマに済いませんでした!」と返すと、「ああ、いやいや、こんな事はよくあるよ。ホテルは JR中央駅の西側だったかな?」 「そうです。明日の土曜、夏休み中の、学術交流の説明があるんで、その前日に、大坂から車で出て来た訳でして・・」由香が返した。
聞いた中条「おお、そうか。高速道も、バイパスの完成で走り易くなったし、ここまでの時間も縮まったしな。それにしても、今日はツキがなかったな」 「ホンマ、そないな感じですね。伯父様も、事故に巻き込んじゃって 申し訳なかったし」由紀が言った。中条「まあ、雄ちゃん(ウチの社長な)も言ったけど、こういう事故は よくあるんだ。無事故に越した事ぁねぇが、万一の時はどうするかって事を学ぶのも、大事だよ」 「・・ですね。ホンマ、おおきに。有難うございます!」 6:30pm頃、車は 姉妹の宿の下に着いた。
「有難うございます!済いませんでした!」手回り品と共に、姉妹が下車。上階のホテル・フロントへと向かう。「まあ、せいぜい栄養つけて、ゆっくり休む事。夜出歩くなかれ!」中条の一言に「分りました。有難うございます!」エスカレーターに乗った姉妹は、挨拶を交わしながら、中条たちの視界から消えた。「さて、兄者・・」雄人が言った。「うん、何だろ?」中条が返すと「事故対応で、三時間ばかりかかった。今夜は大変だけど、遅くなりそうだな」 「ああ分る。覚悟しとくよ」二人は、静かに笑う。この時、中条の脳裏には、先程まで共にいた姉妹の、ブラウス越しに見えた 恵まれた胸の双丘と、デニムのロング・パンツ越しの、美麗なモデル脚のイメージが、交互に去来していた。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 古川いおり
中村由利子さんの今回楽曲「ファンタスティック・ライツ(Fantastic Lights)」下記タイトルです。
Fantastic Lights