情事の時刻表 第17話「照会」
- 2019/01/05
- 21:05
「あ~、良かった良かった・・」 日付を跨いだ「怪しい診察」が終わり、女医・小町と 彼女にとってだけの患者・宮城は、衣(ころも)をはだけたまま、並んで特別病室の広いベッドに臥していた。「小町は、最高だ・・」女医の希望もあり、行為を果たした直後の男は、彼女を呼び捨てにするのが常になった。女医も又「一路の身体は、平均以上よ。だから、自信を持ってね・・」と応じる事が多かった。
二度目の絶頂、正常位で交わった宮城は、結局小町の下方に中出しして終わった。この夜 彼は、思いの他体調が良く「あの方」も結構頑張れたのだ。最初の口内発射より、男精は随分薄い。「こんなのでも良いんですか?」思わず訊く宮城に、小町は「いいのいいの。それだって、立派な検体だからね」と、小容器に回収を指示してくる。「分かりやした・・」結局、最初の濃いめと二度目の薄め、両方を検体として取られた。
「ふふ、一路は聞き分けが良いから好きよ・・」些か薄気味の悪い微笑みを、女医は送った。受け取る宮城「ああ、いやいや・・俺は先生の検査に協力できりゃ、それで納得です。それにしても、普通の通院だったら とてもできねぇよね・・」 「あは・・まあ、そんな所ね・・」ようやく、宮城も笑顔を返す余裕を取り戻した。
二人揃って脱衣の上 事後のシャワーを経て、冷茶を入れ直しての談笑を少し。女医は、下方を含め衣装を正している。凛々しい白衣姿が戻るも、話す言葉はまだ怪しげだ。「一路さん、来月だけど・・」 「はい、聞きやしょう」笑顔で言葉を継ぐ小町の方へ、宮城は身を乗り出した。
小町は続けた。「来月の初めなんだけど、南隣の M県の病院に、貴方も知ってる(瀬野)が勤めてるのはご存知よね?」 宮城「ああ、そんな話でしたよね。一度は聞いた様な・・。確か海の近くの、景観の好い場所だって話じゃなかったかな?」 「そうそう。もう M県でも太平洋に繋がる外海沿いの漁村よね。その病院に、二日ばかり出張する予定なのよ」
宮城「なる程ね。ある意味楽しみってか?」 小町「ええ、まぁね。普段から 電話や SMSとかで連絡は取り合ってるけど、彼女も医者を目指してるから、指導したい事もあるしね。それだし彼女、ご存知の明るい性格だから、話してて楽しいのよ。ストレスの解消にも役立つしね・・」 「ああ、何となく分かる。お医者さんも、そりゃ毎日難しい診察や治療とかで、心理にも来るだろうしなぁ・・」 小一時間程、とりとめもない会話が続いた。
もうすぐ 1amになろうかという時、ようやく小町は 宮城のいる病室を辞した。「それじゃ、診断書には経過観察って書いとくから、朝食が済んだら、適当にお帰り頂いて構わないわ。食堂へ行かれるかしら?」 「・・ですね。夏に世話んなった時ゃ、大概 美波ちゃんが部屋まで持って来てくれたから、たまにゃ邪魔しようかなって気でいた訳でして・・」
小町「了解。・・じゃ、そういう事で」 宮城「分かりやした。今度も、お世話になりましたな」 「いいえ、とんでもないわ。お互い『あの歓び』を共有できて良かったし」 「それそれ!ホント有難うごぜぇます!」 「うんうん。本当の結果の方も 後僅かでクリアだからね。頑張って!」 「ええ、勿論!じゃあ、お疲れ様でした!」 「はい、ゆっくりお休みなさい!」例によって簡潔な挨拶を交わすと、女医はそそくさと階下の方へ去った。定例の 看護師による夜間巡回の小一時間前だ。
「いや、それだけじゃねぇだろ?」女医を見送り、再び床に戻った男は、そう思った。「出張研修とか現場指導、講演もあるだろが、それ以外の 大声じゃ言えねぇ目的がさ・・」 美波のいる北紀町中央病院は、M県南部の漁村にある。屈強で魅力的な、漁業関係の男たちも多い。「つまりだな・・」宮城の想像は続く。「その内の何人かは、医者と患者の間柄を越えそうだって事だよ・・」
余り芳しくない想像を巡らす内に、眠りに就いた様だった。優れなかった天候は 翌朝には持ち直し、朝食の後病院を後にする頃には、太陽が現れていた。再び永野の車で、帰途に就く。その車内でも、前夜の入院の事が 少し話題となった。永野が言った。「本荘先生、まだ『あの方』が続いてる感じですか?」 「ああ、まぁな。来月、南隣の県にある 美波ちゃんがいる病院へ出張らしいんだが、又あの持病が出そうだな」 「ちと困った持病ですね。何とか収まって下さる事を祈りたい想いですよ」 「ああ、それ、俺も同じだ・・」
その週の末 10/14土曜も、余り優れた天候ではなかった。夕方前からは、降雨に見舞われた。まあ前週程の強い降りではなかったが。その日午後 宮城と中条は、又も金盛公演北詰めの 古びた喫茶店で話し込んでいた。その時間 永野は郊外への乗客の為実走していて同席が叶わない。
「まあ、入院お疲れ様でした」中条が言った。「分かってた事ですが、大した事ねぇ様で良かったですよ」 宮城「有難よ。お蔭で大事(おおごと)じゃねぇって事。小町先生も良くしてくれるわ。余分な一事も含めてさ・・笑」 「おや、又例のが出ましたか?」 「ああ、まぁな。お前視点じゃ、持病だって言いてぇんだろ?」 「勿論です。だって事実ですやん・・」 柔らかい物言いながら「ビシャリ!」と決めつける感じを込めたこの言葉を中条が発すると、ほんの少しの間、沈黙が二人を支配した。
「ああ、いや・・宮城さん。ちと言葉が過ぎたかな?それなら申し訳なかったです」中条はそう言い、座ったまま頭を下げ一礼した。見た宮城「ああ、いや・・気にすんな。お前は事実を言っただけだ。ホント、小町先生の言葉の裏には、そんな事が隠されとる様に 俺も感じたな」 「ご理解有難うごぜぇます。小町先生の持病は、そりゃ簡単には治らねぇだろうけど・・」中条は、そう返した。
宮城「その事ぞ。先週の診察の折 ちと話を聞いたんだが、先生 美波ちゃんのいる病院へさ、2日ばかり出張される様な話をされた訳よ。俺 それ聞いて、こりゃただの出張じゃねぇなって、咄嗟(とっさ)に思った次第でさ。後は、もう四の五の言わいでも分かるんじゃねぇかって思うんだが・・」 中条「ただの出張じゃねえってか・・分かります。むしろね、そっちの方がメインだったりしてなぁ・・」
宮城「やっぱりそう思うか・・?」 中条「・・ですね。詳しくは言わねぇ方が良いかな、なんて思ったりする訳でして・・」 宮城「まあそれは、お互い想像しても良いだろうな。我々は もう一定は理解できるからさ、そこの所は伏せといても大丈夫なんたが・・」「ハハ、伏せといても大丈夫・・ですか。まぁ宮城さんと俺の間は、それでも良い・・か」
互いに言葉にするのは憚(はばか)ったが、つまり小町は 出張に引っ掛けて「男漁り」でもしに行くのだろう、と捉えていた。男たちのこの見方は大筋で当たっていたし、現地患者の男たち複数が、小町の標的となりそうな気配だった。その事は、宮城も中条も 容易に想像し得る所だったし、明らかな危害でも生じない限り 静観すべき事でもあった。それに 医者でもある小町の判断を尊重したい想いも強かった。
「さてと・・」小町の話題が区切られると、中条が「サンコの慶事は、今月末辺りですかな?」と、宮城の愛犬の近況を訊いた。「心配有難とよ。もう一息って風情だわ。今月に入ってからは、症状も安定してさ。知り合いの獣医の話じゃ 余程のストレスとかの不運がなければ ほぼ確実に安産らしいな。まあ、その時が来たら教えてやる事にしようぞ!」「有難うごぜえます。賑やかになるのは良い事です!」
「ご馳走様でした。お大事に!」小1時間程過ごした宮城と中条は、雨の降り始めを合図に店を辞す。次に会うのは、サンコの出産後だろう。その時を迎えたら、この日顔を出せなかった永野にも知らせてやるつもりだ。それと、小町の詳しい出張日程も 中条は知りたかった。翌 11月初旬なら、上手くすれば 中条も現地入りできる可能性がある。願わくば、是非その様になって欲しい想いもあった。この翌週も忙しかったが、サンコの吉報が彼の下に届いたのは、その週末の事だった。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 小早川怜子
今回の「音」リンク 「キッズ・リターン(Kids Return)」 by久石 譲(下記タイトル)
Kids Return