轍(わだち)~それから 第1話「手当」
- 2016/11/21
- 16:27
「おい徹、何ボッとしてんだよ?」5月某日の夕方、総合予備校 佐分利(さぶり)学院の教室廊下で、この春中等科に上がったばかりの中1生徒 箕輪 徹(みのわ・とおる)は、一人の上級生に声をかけられた。彼の名は、豊野 豊(とよの・ゆたか)。高校1年生、同院の高等科に上がった所だ。徹は「どうも済いません。ちっと考え事などを」と反応す。この日、教科に入る前の出来事が、少し引っかかっていたのかも知れない。
豊は、徹、そしてその親友の白鳥 健(しらとり・たける)からは三年先輩に当り、小学時代は、三年間を同じ学舎で共に過ごした仲だ。身長175cm強、体重60kg台半ばの、スリムな体育会系。彼には、もう少し訳ありの履歴もありはするのだが、それは追って記して行きたい。話を、教科の合間の休憩時に戻そう。
豊「お前、怪我の具合はどうよ?」 徹「はい、豊野さん。心配かけて済いません。本荘先生に診て頂いた所じゃ、ちょっとした打ち身だって事で、上手くすれば明日朝までに治るかもって事でして」
豊「そりゃ良かった。まあ俺もお前も、善い事だと思って、先生を手伝おうとしたんだから、余り気にする事はないな。後一限か。お前が大丈夫そうなら、いつもみたく、マクドでお茶して帰るか」 徹「そうですね。多分僕も大丈夫そうですよ」 豊「OK。じゃ、後で」 徹「はい。後で」
この日、徹は学校の授業後、二限の予定で早めの学院入り。親友 健とは顔を会わせない日だった。教科の前の合間に、豊と共に、ある男性講師の用具を運ぶ手伝いをしたのだが、教室に入る時、用具を抱えた右腕が視界から外れ、打撲してしまった。一限目教科の冒頭部分に割り込む形にはなったが、急ぎ養護室へ。
運良く、女医でもある養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)は手が空いた所で、すぐに徹の手当てに応じてくれた。
「箕輪君、ちょっと災難だったわね。まあ軽い打ち身って感じで、怪我とかはないと思うわ。湿布と包帯をしておくから、お風呂は好いけど、濡らさない様に。後、明日朝になっても痛む様なら、外科の先生に診てもらってね」「はい、有難うございます。ご心配かけて済みません」処置終了。この時の、小町と徹のやり取りは、ざっとこんな感じだった。もう一つ、小町の、徹への或る想いもあるにはあったが。詳しくは後程。
午後6時過ぎ、教科を終えた豊と徹は、学院近くのマクドナルドにて、暫しの茶話会。時限が合えば、健も同席する所だが、この日は二人。
豊「まあ、大した事なくて良かったな。これからも、先生方からあの位の依頼はよくあるから、以後少し気をつける事だろう」
徹「そうですね。俺もちょっと油断してました。やっぱり、物を持った手元は、いつも見てないとダメですね(註、校外、院外の付き合いなので「俺」と言っている)」
豊「まあ、そう言う事だ。お前が養護室へ行った時の教科も、こう言っては何だけど、そう重要な科目じゃなかったみたいだし」
徹「そうそう、それ不幸中の幸いでしたよ。それは良かったと思わないとね」
二人は、合間にマック・シェイクを啜りながら、雑談を進めて行く。小半時程経った所で、豊が言った。
「所でさあ徹。前から訊きたかったんだが、本荘先生って素敵な女性(ひと)だよな。そう思わんか?」 徹「ですよね。俺もそう思いますよ」
「何て言うのかなあ。お医者様でもあるし、確かに俺たちからは雲の上の女性(ひと)なんだが、それだけに反って憧れちまうんだよね」 「豊野さん、その気持ち分りますよ。俺も今、似た様な事を考えてたんです」
豊「例えば・・だよ。俺とお前と健とかで、本荘先生を手籠めにできたりしたらなあ・・なんて事を想ったりする訳。あくまで想像だけどな。笑」
徹「ハハ、それ『あったら好いな』て奴ですよね。ホント、現実にできたら最高ですよ!」
豊「でもさ、やっぱり学校や学院じゃ、思ってても言わんって事にしとかないと拙いよな」 「当然ですよね。特に養護室へ行ったら、ボロを出さない様にしないと・・」徹、こう言って苦笑す。
豊「それ、結構難しいかもな。上手く立ち回らないとさ、すぐに『コラ!お前ら、何考えとる?』て事になるだろうから」
徹「俺、小4の頃、一度ありましたね。図工室に飾られてたヴィーナスの石膏像が素敵で、放課後に見に行ったら、見回り中の教頭から『コラ箕輪!何しに来た?』とか言われまして」
豊「ハハ、お前もそれで叱られたか。あの像は、俺も、卒業前によく見に行ったもんだ。所でさ、像の太腿の下側辺りに『処女』て落書きがされてたんだが、お前知ってた?」 徹「いや、知りませんでした」
「そうか。あれは、少しかがんで下から覗きこむ『ロー・アングル』の視点でないと見られないんだよな。お前は気づかなんだか。残念だな」
「そうなんですか、いや、情弱かもですね。知ってれば、絶対に見てましたよ」徹、又苦笑。
「と、言う所で遅くなってもいかん。この辺にしとくか。大事にな」 「はい、今日は有難うございました」とは言うものの、茶代は当然、割り勘だ。
「じゃ、又明日な」 「はい、失礼します。お気をつけて」この日は、午後7時頃 JR中央駅構内で解散。二生徒の、小町への憧れは勿論だが、徹は、彼女と前年の夏持った、とある秘密を豊からとりあえず隠し通せた事に、ホッと胸を撫で下ろすのであった。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 かすみ果穂
今回連載の音楽リンクは、前回取り上げた渡辺貞夫さんの亡き盟友、松岡直也さんの楽曲をメインに載せます。今回は「グッド・ルッキング(Good Looking)」下記タイトルです。
Good Looking