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レディオ・アンカーの幻影 第29話「企図」

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理乃とのあらぬ約束のせいもあり「甘い夢」を一つ実現しはしたも、手放しでは喜べぬ心情を残しながら前嶋の 5月は終わった。続く 6月は梅雨の時季。確かに降雨も多かったが、途中には晴れ間の覗く日々も少しはあり、何かムラをも感じさせる季節の移ろいであった。

多くの企業がそうである様に、前嶋の勤務先も 6月下旬は株主総会の時期。忙しい本来業務の合間を縫い、彼も理乃と共に、総会準備にも駆り出され、株主向けの複数の資料準備に当たったりもした。勿論終業も遅めになり、時に日付が替わる寸前の帰宅となる事も珍しくなかった一方、その合間での理乃との会話や接触も普段より多く持てた事が、彼の不満を和らげる作用をしたともいえよう。

その様な状況下でも、第二、第四木曜日の「ラジオ深夜館」は幸か不幸か冒頭から聴取でき、TV番組「WBS」を視る傍ら、芳しからぬ想像を抱きながら、司会進行を担うアンカー・由香利の美声に耳を傾ける夜を過ごしもした。梅雨とあって湿度は徐々に上がって行ったが、まだ夜間は冷房の必要を感じない時季だった。

まずはつつがなく株主総会を乗り切った 6月下旬の第四木曜、雨の夜であった。この日もやや遅く帰った前嶋は、シャワーの後 持ち帰った丼物を少しの酒気を伴い嗜みながら、目は「WBS」、耳は「ラジオ深夜館」に向けていた。勿論、担当アンカーは邑井由香利である。

「いやいや、(大江)麻里子さんに由香利さん、最高のコラボだわ!」 TV画面とオーディオ・スピーカーの両方に注意を払いながら、前嶋は呟いた。「しかしだな・・」そう、己の昂る対象を間違えてはいけない。その対象はあくまで由香利であり、麻里子ではない。「あくまで『もしも』だが・・」彼は想った。「もしも『WBS』の司会が由香利さんだったら、視る目も変わる・・かな」と。

日付が替わり「WBS」の放送が終わると、前嶋は 由香利の「魅惑の」進行に耳を傾けながら SNSでメッセージを送った。「今夜も好い感じですね」で始まる手短かなものだったが、時折彼女は「メールのお便り」という名目で 彼の電文も番組中で取り上げてくれた。この夜も、一方で「ダメモト」とも思いながら送信に及んだのだが、後刻返って来た反応は、少々意外なものだった。

1amを過ぎ、前嶋はベッドに臥してラジオ放送を聞いた。この時間帯は、過去放送された各界人へのインタビュー番組が再放送される事が多かった。この夜も同様だったのだが「少し寝ようかな」と思い 消灯した直後、彼のスマート・ホンに SNS着信があった。知らせに気づき、画面をチェックした前嶋の表情が少しばかり変わった。

「のぞみさん?今夜も聴いてくれてるみたいね。有難う」由香利からのメッセージだ。「ご多忙下の返信有難うございます。そう、しっかり聴いてますよ。番組は良いの?」前嶋、直ちに返信。すると「大丈夫よ。今 1am代の合間で暫く休憩なの。分かるでしょ」 「そうでしたか。尚良いや。少し交信してもよろしいか?」 「手短かなら OKよ。私も、知らせたい事があるしね」 「そちらも感謝です。じゃぁ、お聞きしますから教えて下さい」 「良いわ。少し待って!」

由香利の SNS内容はこうだった。7月第二週の放送後は原則「明け休み」なのだが、前嶋の地元 N支局にての打ち合わせがあり、放送翌日の金曜午後 N市入りの見込みとなった由。翌土曜午後には帰京を要するが、金曜夜なら会えるかも知れないというのだ。「そうか。これは再び仕掛ける好機(チャンス)かも知れんな」 そう受け止める前嶋であった。

その彼、返信で「有難うございます。お話の感じから 直前まで何時頃お会いできるか分からなそうな感じだけど、良いですよ。俺はその夜、予定空けておきますから」 「そうなの。まだ具体的に何時頃かは言えないけど、当日会える様にしてくれると嬉しいわ」 「かしこまりました。叶う様に努めますよ」 「お願いね・・」とひとまず区切られようとして、そうは行かなかった。

由香利は続けた「のぞみさん、それでね・・」 「はい・・」前嶋が返すと 「今夜の放送でも、私の声で昂ったりしてるの?」 「う~ん!」一瞬の唸りを挟んだ後、彼は「まぁ、そうですね。絶対ないとは言えない・・か」と送り返した。それを見た由香利は「ふふ・・」との含み笑いを経て「やっぱり、余りよろしくない想像をしたりする訳ね?」 前嶋「えぇ。まぁゼロではないですね。そんな事を考えながらお聴きする事もありまして・・」ここはまぁ、素直に答えた方が・・とも思う所であった。

由香利「のぞみさん、有難う。私を女として認めてくれてるんだ?」 前嶋「こちらこそ。認めるどころじゃないですよ。女性として敬愛(リスペクト)してるんです!」 「ふふ・・いよいよ良いわね。分かった。じゃあ来月は、そういう予定にしましょう。又近づいたら詳しく詰めるって事でお願いね」 「かしこまりました。俺の方も、できるだけ貴女の都合が前後しても良い様にしますよ」 「了解。それじゃ、又番組が始まるから、この辺でね。履歴は消しておいて!」 「はい、有難うございます。勿論そうします。5amまで頑張って下さい!」 交信ここまで。

「さてと・・」もう 1:30amを回ったが、前嶋は由香利との交信履歴を消去すると、その件を理乃にも送信しておく事にした。「随分遅い。もう休んでるかもだが、まぁ良い。朝方にでも目を通してくれりゃ良い・・」そう思いながら、彼女にも SNS送信。すると意外にも、直ぐに返信が届いた。

「今晩は。昨日もお疲れサマー!」 「悪かったですね。もう休んでた?」 「うん。横にはなってたけど、たまたま目が覚めたとこだから大丈夫よ。メッセージは見たわ」 「有難うです。由香利さん、思ったより早く 又来られるみたいね」 「そうだね・・すると、この前の約束が意外に早く叶うのかな?」 「そうなる様に努力せんとってとこですな」

前嶋「その事だけど、今夜はもう遅いから 又にするけど、彼女、来月の第二金曜は支局の打ち合わせの流れ次第らしいね。まぁ、場合によっては遅くなる・・と」 理乃「あたしは良いわ。何なら全部由香利さんのご都合に合わせたげれば?要はさ・・」 「はい・・」 「のぞみさんと彼女が、あたしの目の前で『好い事』をしてくれれば良しって事よ!」

「分かりやした。貴女はこれまでも色んな事を思い通りにして来たから、今度もきっと上手く行くでしょう!」 些かの揶揄を込めて前嶋が返すと、理乃は「ハハ、そうでもないよ。どうもならなかった事だって、少し位あるしさ。でも、のぞみさんのそうした生態は是非見てみたいなぁ。勿論、お相手の由香利さんもね」 

前嶋「まぁそれ、多分イケるでしょう。もしかして、貴女も彼女に少し悪戯(いたいずら)とかしてみたい訳?」 理乃「まぁ、そんなとこね。今夜も遅いから、その辺の踏み込んだとこは、又 直に会って話をしましょう。今月末の日曜は良いの?」 「OKですよ。そこで決めますか?」 「うんうん。場所と時間は明日にでも・・」どちらからともなく、SNS会話が区切られた。二人の背後には、番組を進める由香利の美声が流れ・・
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の壁紙 名古屋臨海高速鉄道あおなみ線・ささしまライブ駅北詰。2019=R1,6 名古屋市中村区 撮影 筆者
日野皓正さんの今回楽曲「ゴーイング・フォー・ゴールド(Going for Gold)下記タイトルです。
Going for Gold

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