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レディオ・アンカーの幻影 第34話「準備」

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明けて 7月。この年もやはり 梅雨時にありがちな曇り日が多かったが、思いの他 雨量は多くなかった。上手くすれば時折晴れ間も覗き、その一方 最高気温は概ねまだ 30℃に届かない日々が続いた。商品管理、発送など物流関連の業務がメインの前嶋らの職場は、戸外での作業も多く この天気は好都合だった。

株主総会明けもあって 月の初旬は多忙だったが、第 2週に入ると多少の余裕が生じ、遅くまで残業というケースも 一時少なくなった。迎えた 7/12金曜は、そんな状況で終業を迎えた。「あたしはお先に失礼します!」 「はい、お疲れ様!」この日、事務方の理乃は午後半休。そのまま土、日曜の公休へと繋ぐ形を取っていた。2pm頃、決して目立たぬ事務服上下とパンプスから 夏向きの明るく軽快なアッパーと長パンツの私服、ウォーキング靴に戻った理乃は、階下の戸外で作業に臨む 作業服上下とスニーカー姿の前嶋の背後からそっと声をかけた。

「前嶋さん、ちょっといい?」 「おー青井さん、お疲れサマー!」表向きは 仕事関連の伝達を装っているので、周囲の社員達は誰もこのやり取りを不審に思わなかった。「ほんのちょっと、外せる?」 「良いですよ」と返し、前嶋は同僚達に「済みません。青井さんが用有りなので、ほんのちょっと外します。直ぐ戻ります!」と一言を入れ 「了解!」の返事を得た。

理乃は、そのまま前嶋を 同じ階下の休憩室へと促した。既に午後の作業に入った為 部屋は無人だ。「まぁ、座って下さい」空席を進め、彼女は声を落として続けた。「いよいよ、今夜よね・・」 「・・ですね。なるべく夕方定時で終わらせたいですが・・」と返した。理乃「あたしね・・」 前嶋「はい・・」 「これから一旦帰って、着替えとかトラベル・セットとか用意して来るからさ。のぞみさんも、少し遅れるとして 6:30pm頃 お部屋に行けば良いかしら?」

「そうですね・・」短くそう返すと、前嶋は「なるべく上手く行かせて、定時の 5:30pmに終わるつもり。ですが、念の為 俺んとこの合鍵、持って行きますか?不要なら返してもらうだけだし、なるべくなら使わずに済むのがベストだけどね」 「あぁ、それ良いね。そういう事なら・・」 それを聞いた前嶋は、自身のウェスト・ポーチに入ったキー・ホルダーから鍵の一本を外して差し出した。

「有難う。預かるわ・・」の返事を聞くと、彼は続けた。「階下ロビーの暗証番号は知ってるよね?」 理乃「はい、知ってるわ。〇×△▽・・よね」 「はい、その通り!じゃあ詳しくは、夕方会った時 詰めましょう」 「OK!じゃあ後で。会社を出る時、又知らせてね」 「心得ました!」数分間の会話が区切られると、理乃は速やかに退出し、前嶋は一礼して現場へと戻った。

この日午後の業務も概ね順調で、前嶋は 他の社員複数共に、定時の 5:30pm退勤が叶った。終業後、飲食を伴うつき合い事も度々だが、主な席は前週までに重なった為 この夕方は直帰できた。帰途の N市営地下鉄に乗る前、彼は理乃に LINEで知らせた。「のぞみ、今から帰ります」 程なく返事。「了解。今からそちらへ向かいます。所で、由香利さんから何か連絡は?」と。「今の所 特にありませんが今夜お越しは間違いなし」と返すと 「それも了解。まぁ帰ってからのお楽しみね」と続けられた。

そろそろ混み合い出した地下鉄の車内で、前嶋の想像は決して芳しいものではなかったかも知れない。「さぁて、今夜は・・」着座はできたが、周囲に美貌の女客も少なくない中でのそうした想像は、思わぬ下方の勃起に繋がりかねないので要注意だったのも事実だ。「いや、ホントは良くないのは分かってる。しか~し!理乃ちゃんと会うまでに、一通りの流れを考えとく必要も有りって事で・・」

その考えとは、多言を要するまでもなく 理乃と共に、前嶋の居所を訪れるだろう由香利をどう攻略するかという事についてだった。今夜、理乃は危険日の可能性があり、性的に深まるのはリスクがある。一方の由香利には、そうした心配は少ないだろう。第一 その可能性が少しでもあれば、初めから彼の元を訪ねる意図自体持たないはずだったからだ。

「理乃ちゃんも分かってるだろうから、多分・・」内心でそう呟きながら、前嶋は考えを描いて行った。「行為のメインは、由香利さんと俺だ。余り体位を変えるのは好ましくないかもな。やっぱり、メインは正常位・・か。交合の後ろの方に回ってもらって、ハメ撮りの位置から由香利さんの下方やお尻に仕掛けてもらうってのがベスト・・だろうな」 そんな事を適当に考えながら、居所のある金盛を目指す。

「ちょっと!Chikanです!」由香利の淫夢を見て、トロトロしかけていた前嶋の耳に、そんな金切り声が届いた。彼の座る車内の至近で、スーツ姿の若い OL風の女性が 不良な挙に出た男を取り押さえた様だ。三十路位の、ジーンズ上下にスニーカー、短髪の人物の様だ。「ヤバイな・・」一瞬、気づいた前嶋は目を伏せた。いや、容疑者に見られる訳ではない。目撃者と見られて、同行を要求されるのが不都合だったのだ。「お姉ちゃん、良いよ。俺達見てたから、証言してやる」日中、前嶋が着ていたのと似た作業服上下にゴム長靴の男二人がフォローに入った。

乗換駅・栄町に着くと、降り口に駅員二人が待機していて、取り押さえられた男を駅事務所へと連行して行く。その後を、作業服の男二人と被害者の女性が続く。彼女は二人に軽く一礼した様にも見えた。「ふぅっ、危なかったぜ。でも、有難う・・」前嶋も又、遠ざかる一行にそっと一礼した。

そんな事があって ふっと我に返ると、手にしたスマート・フォンに由香利からの LINEが入っていた。「のぞみさん、今日は。まだ今、支局で打ち合わせ中よ」 「あぁ、いかんな・・」ちょっと油断していると、返信のタイミングを逃すかも知れない。「読んでくれるかな。直ぐは無理・・か」とも思いながら、彼は返信した。

「ご連絡感謝。状況は理解しました。直ぐでなくても OKですから、続報下されば幸いです」と。その続報は、意外に早く届いた。「こちらこそ有難う。それでね、打ち合わせの後 夕食会みたいだから、そちらへ行くのが少し遅れそうだけど、それは良いかしら?」少し位遅いのは、何の問題もない。「良いですよ。俺は居所でお待ちしますから・・と言って、場所はご存知なの?」

更に、由香利の返信。「場所ねぇ・・それも心配ないわよ。調べ様があるもん。まぁ、楽しみにしててよ。少し位お土産があるかもよ」 前嶋「そいつは有難うございます!ゆったりとは行かないかもだけど、とに角休んで頂ける様、こちらも準備しますよ」 「有難う。じゃあ、そちらへ向かう時 又連絡って事で、楽しみにしてて!」 「心得ました。ご安全にどうぞ!」ひとまず、交信終了。

栄町での乗り換えを経て そうこうする内に金盛着。階段を上ったメインの出口傍には 手ブラに近い軽装の理乃が先着していた。「のぞみさん、お疲れサマー!」 「有難う!理乃ちゃんもね。所で荷物は?」 「見りゃ分かるでしょ。合鍵預かったから、先に貴方の部屋に入れさせてもらったわ」そう返すと、理乃は一度使った合鍵を前嶋に返した。 「あぁ、そういう事ね・・」些か遅れ気味に、前嶋が反応した。

「所で、のぞみさん・・」理乃が訊いた。「由香利さん、何か連絡あった?」 「あぁ、その事!ついさっき、連絡を受けまして。それでね、打ち合わせの後夕食会なんですと・・」 頷いて反応する理乃を見て、続けた。「丁度良い。先に夕飯にしようか?」と続けた。「賛成!あたしゃ いつものとこでも良いわよ」理乃、笑顔で反応。促し合って、二人は中心街へと歩き出した。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の壁紙 JR東海道線・大府~共和間。名古屋市営地下鉄(物語中、N市営地下鉄のモデル)の新車輸送。愛知県大府市 2019=R1,7 撮影 筆者
日野皓正さんの今回楽曲「蜃気楼の彼方に(Beyond the Mirage)」下記タイトルです。
Beyond the Mirage

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