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この雨は こんな風に聴こえる 第10話「代理」

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「恆(ひさし)さん、ご免なさいね。今度の木曜、あたし そちらへ行けなくなっちゃった!」 「あぁ、そう・・そりゃ残念。折角期待したんだけど、じゃあもう少し先になりそうだね」 「ええ、その事。それでね・・」些か落胆しかかった黒木だったが、放送側の都合で会えなくなった平 宥海(たいら・ゆうみ)からの携帯連絡は、少しは望みを繋げる様な感じだった。この日は曇りだが、降雨はなかった。

宥海は続けた。「でね、今度の木曜は、貴方 例の場所へ行かれるの?」 「あぁ、あの場所の事ね。この前、トレーニング中の貴女と(有難い)アクシデントになった場所だよね」 「そうそう、だからね。お目当ての列車が通ったら、少しの間 そこに居てくれないかなぁ」確かに 列車が通る瞬間、傍らの彼が宥海とヒットしたその場所が、彼女が伝えようとしている用件からすれば一番分かり易かった。が、黒木はそれは認めたくなかった。歩道が反対側しかなく、決して安全ではなかったからだ。

「宥海さん、俺の考えだけど」黒木は返し始めた。そして「もうお分かりだろうけど、あの位置からだと 丁度 N市の熱見区役所が裏手なんですよ。それとも JR熱見駅も歩いて直ぐだから、どっちかの方が良くね?」 「あぁ、そうだね。言われてみりゃ、確かにその方が良いよね。それで・・」 ここまでの宥海の返事を聞いて、黒木は確信した。宥海は、近しい者に気象予報士試験に関する資料を持たせ、出向けぬ彼女の代わりに 彼の元へ届けさせようとしていたのだ。

「区役所の方が良いと思いますね・・」少しおいて、黒木がはっきりと伝えた。そして「車道を渡って直ぐだし。正直危ないから 俺の方が道を渡って行きます。だからね・・」 宥海「はい・・」 「代理で来てくれる方に、歩道で待ってくれる様に伝えて欲しい。区役所の玄関脇から線路際に出る通路の所にベンチもあるから、その方が分り易いかもね」 「分かりました。じゃあ、区役所のその辺りを目標にする様伝えます。恆さんは線路の傍にいらす事、一言入れておきます」 「有難う。ご面倒かけます。所で・・」 「はい、聞こえますよ」 「嫌なら良いけど、近しいどなたが来られるか 教えてもらえると尚有難いな」 「あぁ、それね。別に良いわよ」

黒木の希望を聞き届ける様に、宥海が続けた。「あたしの妹です。名前は麗海(れいみ)。上の字は『麗しい』れいね。下はあたしと同じです。ちょっと雰囲気が似てないかもだけど、気にしないでね」 「いや、有難う。そこまで聞けば十分です。俺の方が遅れない様にしないといけないな。ただね・・」 「はい・・」 「例の列車、北海道が始発でして、何時間も遅れる事があるの。それでも予定時刻には必ず行きますから。ついでに、俺のアド 彼女に伝えた方が良い?」 

宥海「あ、それはしなくて良いわ。あたしから伝えるから。貴方から直だと、知らない男からだって事になって、幾ら彼女(アイツ)でも怪しむだろうしさ・・」 黒木「そうだね。分かりました。じゃあそちらもお手数だけど、宜しくお願いしますわ」 「はい。こちらも無理言ってんだから、それ位は OKよ。じゃあ、そういう事で・・」 「了解しました。今日も頑張って・・」交信ここまで。

続く就活の合間を縫って、伯父の営む不動産業の手伝いに当たる日常は相変わらずだったが、その週の初め 宥海と初めて過ごした雨の夜の記憶は、黒木の脳裏を長く強く支配する事となった。入浴を促し、彼女が浴室に居る間にこっそりと愛でた下着の芳香・・それはその後、枕を並べた折にもう一度着けさせ、それを己の手で剥ぎ取って行く間にも感じられたものだった。熱い行為を経た翌朝、洗濯を経る事なく彼女が再び着ける折にも、傍らで黒木はその事に昂奮していた。「あの芳香を醸したまま、彼女は帰って行くのか・・」そう想像しただけで、この男の下方は熱を帯び、礼儀を正して行くのだった。

それはその夜、彼の居所へ戻ると一層増進する風情だった。「この前、した所だろ!」又しても突き上げて来る自慰への衝動を、辛うじて凌いだ。下着の記憶が強く焼き付いたか、宥海から借り受けられる資料中 彼女が手書きで纏めたノートが最も期待が持てた。「下着程ではないかもただが・・」 「或いは、あの時と同じ芳香が、ノートからも感じられるんじゃないか・・」そうした もう妄想レベルの期待が、彼の思考を痺れさせる位のレベルへと進んでいたのだった。次々に巡ってくる妄想や幻想が、度々彼の自慰への衝動を煽るも、辛うじて凌いだ夜であった。

明けて木曜、この日も「梅雨の中休み」である。天気は前日より良く、時折暫くぶりの陽射しも覗く。その分気温は上がり、日中などは真夏に近い暑さを感じた。朝起きると 黒木はまず携帯サイト「貨物ちゃんねる」と呼ばれる鉄道ファン向けのページを開け、これから捉えようとする東海道線下り貨物便の運行状況を確かめる。この欄は JR貨物のページとも連動し、最新の状況を知る事ができる。幸いこの朝は、各路線共 大きな遅れはない様だ。

「天気もまぁ好い。今日こそ復讐(リベンジ)だ」 折角の好天、簡単な掃除と洗濯、それにゆっくり目の朝食を経て 10:30am少し前、JR熱見駅と区役所から至近、線路沿いのフェンス傍で 又もデジカメを構える。この午前も、他に「鉄オタ」はいない。目的となる列車の 15分前にも下り貨物便があり、これには時折「本務機」と呼ばれる牽引機関車の次に、動力をカットして回送される機関車がもう一機連結される事があり、この日は奇しくも 主に構内作業を担う 鮮やかな朱塗りの新型ディーゼル・ハイブリッド機の姿があった。

「幸先が良いぜ。今度は上手く行く・・」 一方でそう信じながら、やはり一抹の懸念と緊張を拭えない黒木であった。試しに撮った先行列車もそうだが、当然ながらシャッター速度や通過に合わせてのタイミング、全体の構図、露出の加減などが全て高次元で上手く合っていないと納得できないレベルになっていた。モーター・ドライヴを多用して常に複数の画像を撮り、良いコマを残すやり方もあるが、黒木はなるべく機械のアシストには頼らないやり方を重んじたかったのだ。これは対象こそ違え、やはり写真を嗜む伯父の影響かも知れなかった。「恆(ひさし)、お前は知らんが 俺は余り機械(メカ)に頼るのは嫌いだ・・」かなり以前、今は県営となった 旧中京国際空港へ航空機の離発着を捉えに行った折の 伯父の言葉が彼の脳裏のどこかに突き刺さっていた。

「さぁ、来るな。今度こそは・・」そうこうする内に 10:40amを過ぎ、件の列車が通過する段になった。背後の車道も、時折入出庫の車以外は現れず、路上駐車もなし。列車の方も この日大きな遅れはなく、ほぼ定時運転の様だ。構える右手奥から 先日と同じ閃光が発せられ、一つ・・そして二つへと変わる。近づくとその下が列車の先頭の面相を現し、やがて長いコンテナの列を率いるのが分る。先頭の機は、先日と同じ好ましい旧国鉄外装。「よしっ!」意を決してシャッターに掛けた指に力を。「カシャッ!」小気味良い乾いた音を残し、モニターに好ましい列車編成画像が残される。概ねバランス佳く、理想に近い絵だ。「うんうん、今日は良いぞ・・」

毎度の事だが、歩道でない側の線路沿いに長居するのは沿線住民からの不審な想いを買い易く、又安全とは言えない。黒木はそれが分っているので、急ぎカメラをバッグに収めると、車道の安全を短く確かめて 歩道へと戻る。辺りにまだ人の気配はない。そのまま奥へ進むと、区役所玄関へと繋がる通路だ。その左脇に木製ベンチがある。「多分、ここで分かるだろう・・」そう思った黒木は、ここでまだ見えぬ宥海の妹を待つ事にした。「一瞬だけ、見ておこう・・」ベンチに腰を置き、先程捉えた二枚の画像にもう一度目を通す。両方共 大きな不満はない感じだ。そして、もう一度カメラをバッグに戻した時、女声が聴こえた。「黒木 恆さんですね・・」
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 加藤ももか
今回の「音」リンク 「おいしい水 (Agua de Beber ) 」 by 小野リサ (下記タイトルです)
Agua de Beber

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