この雨は こんな風に聴こえる 第12話「検討」
- 2020/07/27
- 20:32
この日の就活を区切り、金盛副都心近くの 伯父の不動産事務所に赴いたのは 5pm近かった。既に前振りはしてあったのだが、正装のままの黒木は伯父に、己の居所も入る高層マンションのモデル・ルームを麗海に案内する為の段取りをしていた。「彼女、名目は住むって事だよな?」 「そうです。それで住民票も移す様な事を言ってましたからね」 黒木は、そう返した。
「まぁよ、N市内の住人で、住むのがメインで電話やネットの連絡程度なら、なら別に移さなくても良いんだけどな・・」と伯父。聞いた黒木は「あぁ、なる程ね。まぁ、そのレベルでしょう。それ この後、彼女にも伝えておくべきかな・・」 「まあ平(麗海)さん次第だが、黙っとくよりは良いだろうな・・」 そうこうする内「今日は。宜しくお願いしまぁ~す!」明るい女声が背後に聴こえた。
「お~、いらっしゃいませ!お待ちしてました!」直ちに伯父と共に振り返った黒木、一声と共に最敬礼をした。「恆(ひさし)、遠くないけど、車空いてるから乗ってくか?」伯父に訊かれた彼は「あぁ、有難い。そいじゃ、乗って行きます」と応じ。「駐車場の番号は分かってるな。EVからはちと遠いが、奥の方の〇×番な」 「分かりました。済んだら一度返しに来ないとね・・」 「いや、明日午前で良い。お前、例の列車の写真撮りしてから来るんだろ?それからで良いよ」 「有難うございます。じゃあ、その時に・・」
この日の用件は、麗海にモデル・ルームを見せるだけで直退を許された訳だが、この事がその後、ちょっと波紋を呼ぶ事になる。「じゃあ、行きましょうか・・」伯父を交えて簡単な打ち合わせを終え、冷茶を飲み干した黒木は 麗海を促して社用車のトヨタ・サクシードで居所へと戻る形となった。
地階に二層ある駐車場の深い方の所定位置に車を停め、EVで上階へ。解錠して足を踏み入れるモデル・ルームは黒木の住む 7Fから更に上方の 10F。向きは同じ東だった。「うんうん。ここからだと眺めも中々だね・・」 麗海の第一印象は、悪くなさそうだ。「有難うです。そうだね、ここは晴れれば朝陽がよく入りますよ」 己の住む直上だけに、黒木の説明にも少し余裕があった。
「所で・・」彼は続けた。「広さがちと気になってたんだけど、それは良いですか?」 聞いた麗海「えぇ、まぁ不足はないわね。あたしが扱う商品は、アクセサリーが主だから そんなに場所を取る事はないの。モノによっては、在庫を持たずに仕入先→お客さん宛て直送ってのも有りだからね」 「あぁ、そうなの。物流(ロジスティクス)の事は余り知らないけど、今は直送するケースって、結構多いみたいね」 「そうですよ。そういうのをなるべく増やすと、在庫を抑える事もできるしね」 暫しの間、麗海の仕事の話が続いた。
若干の家具やソファなとが配されるだけの、広めに見えるモデル・ルームの東側窓際に再び戻った麗海の黒木は、又夕闇迫るバルコニーに出ていた。既に通りを行き交う車列は、前後の灯火を入れている。黒木は、上階からのこの眺めも好きだった。「結論は急ぎません。ゆっくり時間を取ってご検討を。遅くなるといかんから、そろそろ送らんといけませんね」黒木のこの言葉を遮る様に、麗海が反応した。
「だと思うでしょ。違うんだな、それが・・。あたし、今夜は帰る必要がない様にしてきたのよ」 黒木「ありゃりゃ、そういう事か。じゃあこれから一緒に飲めるって事だよね」 「そうそう・・」 「分りやした。そういう事なら・・」言葉を区切った黒木はスマート・フォンを取り出し、麗海を伴って行く為の酒食処を探しにかかった。そこへ又、彼女が割って入った。
「ところでさぁ、黒木さん・・」 「はい・・」 「このお部屋って、もう電気やガスとか水道は来てるの?」 「はい、ガスは停まってるけど、電気と水道なら通ってますよ。お湯は電気温水器でって事で・・」 「ふふ、なる程。ねぇ、所で・・」 「はい・・」返事が半ばの内に、麗海がぐっと近寄って来た。「わわっ、まさか・・!」
「ねぇ、黒木さん・・じゃなくて、恆(ひさし)さん・・」 そう出てきた麗海の距離は、もう吐息が吹きかかる程至近だった。そして「途中まででも良いからさぁ、あの事がしたいわ・・」 「!・・」こんな言葉を聴けば、黒木も悪い気のするはずがなかった。「あったら良いな」の正にそれが現(うつつ)になり始めているのである。「麗海さん、ホント嬉しいけどさ・・」黒木はそう返すと「ちょっと、顔洗っていい?」 展開は分かっていた。汗と脂が浮いたままの面では、この後のなりゆきが ちと失礼かとも思ったのだ。
「良いわ。洗っといでよ・・」そう返す麗海の言葉は、些かぶっきらぼうだった。「ま、それは良い。許す・・」そう思いながら、黒木は出窓の所を一度外すと、素早く洗顔して戻る。「好いわぁ、綺麗好きなんだね・・」 そう呟きながら、麗海は黒木に唇をゆっくり寄せて来た。「宥海ちゃん、一度だけ、ご免・・」 そうは思いながら 黒木、行為の方は麗海のそれを素直に受け入れ、唇を合わせて行く。本音では望んでいる「姉妹味比べ」に又一歩近づいた瞬間であった。麗海は、更に続く行為に入りたい風情だったが、黒木はそれは認めたくなかった。「この先の事は、場所を替えましょう・・」促すと、唇を重ねたまま、麗海は頷いた様だった。
数分に近い 深く濃い接吻(キス)が区切られた。黒木は「金盛副都心辺りは、どの店もまだ余裕みたいだけど、どこか行きたいとこはありますか?」 念の為訊くと、麗海は「お店も良いけど、あたし 今夜は内飲みがしたいわ」と来た。「内飲み・・ですか。どこで?」の問いには 「嫌だわ。場所は勿論、貴方のとこよ・・」 「俺んちか。そうか、分かった・・」 意外や意外、麗海は、黒木の居所での酒食を望んだのだ。
「そういう事なら・・」 黒木は気分を変えた。「落ち着く前に、ちと買い物に行きますかな。少し補充したい食材もあるしね」 「それ良いわね。お店は近所なの?」 「ええ。量が多けりゃ車の方が都合好いけど、少なければ歩いても良いかな」 「近そうだから歩こうか。今夜は雨じゃないしさ・・」 「了解、そうしやしょう・・」
黒木の居所から、宥海の出入りする TV局とは反対方向へ数分も歩くと、大手系の商業施設に達する。夕刻で賑わう店内で、麗海と黒木は手早く買い物を進めた。普段は飲む機会のない赤ワインや、その佳き相手のチーズが何種か。セロリや胡瓜、人参などの野菜やフランス・パン、ロースト・ビーフやツナ・サラダなどなど。居所へ戻ると、黒木が準備を進める間に、麗海が先に入浴・・と言ってもシャワーだけだが。
「お先に・・」小半時程して、浴室を出たらしい麗海に声をかけられた黒木は、居所に落ち着いた彼女の様子を確かめる事なく浴室へ。洗髪やボディ洗いを進めながら、一方では彼女の痴態を想像したりもして。「いやいかん!それは酒食が終わってからだろ・・」そう己に言い聞かせながらのシャワー。それを区切ると、トレーナー上下に着替えて、再び厨房(キッチン)へ。そこで見たものは・・。
「勝手にいじるのも何かとは思ったけどね・・」 居間から立ってきた麗海が、黒木の大皿へ 冷製の料理を盛り付けている所・・は良かったが、装いを見て昂奮したのも事実だった。「麗海さん、そういうのも似合ってるなぁ・・」感嘆する黒木に「ふふ・・こういうの好いでしょう。後ろで見てるのも退屈しなくてさ」 「そうですね・・例えばこうして、しゃがんで見上げると・・あぁ、昂奮しちゃうなぁ!」 「あは、もうその気なんだ。下の方も熱いでしょ?」 「は・・はい。そりゃもう・・」そう返した黒木、更に「そうです。私が、スケベな男です!」と、志村けんに似た台詞を発するのであった。
(つづく 本稿はフィクションであります。喜劇俳優・志村けんさんは今春逝去されました。改めて、ご冥福をお祈り致します)
今回の人物壁紙 三田羽衣
今回の「音」リンク 「ユァ・アズ・ライト・アズ・レイン (You're as Righit as Rain)」 by Bob James (下記タイトルです)
You're as Right as Rain