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母娘(ははこ)御膳 第22話「追及」

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それぞれの正月研修から帰宅した、花井 結(はない・ゆい)と宙(そら)の姉妹が、来客応対の合間に目撃した物。それは・・ 普段見る事のない、怪しげなガラス器だった。それも、ちょっと医療や介護の知識や心得があれば、何の為の器具か、容易に見当がつく代物であった。

姉 結は言った。「・・たく、母さんたら、又あの病気が出たのかしらね」 「まあ、可能性は大きいわね。お客様方を見送ったら、一度追及しようかしら」妹 宙はそう返し、ニヤリと笑った。「貴女も人が悪い。今度は、母さんにどう揺さぶりをかけるつもりなの?」と姉が訊けば「いやいや、あたしも娘だし、この家の家族だから、そんなに嫌らしい事は言わないわ」妹は、笑ってこう返した。

「お邪魔しました。ご馳走様でした!」 「こちらこそ、お越し有難うございました!」夕方に近く、母 妙(たえ)の会社の重要な顧客、数名の関係方が花井家を辞すと、姉妹は、母の指図を待つまでもなく、いそいそと後片付け、入浴準備などにかかった。片付けを妹に任せ、浴室の準備をする結が、ふと感じたのは「今日の浴室、嫌に綺麗じゃない?」と言う事だった。

多くの大型住宅がそうだと思われるが、花井家の風呂も、灯油ボイラーによる、二十四時間入浴可能なスタイルだ。特に冬場などは、中型のタンク・ローリー車がしばしば給油にやって来る。勿論、湯は定期的に替える。その湯が抜かれて空になっていた事も、結を訝らせるに十分だった。しかも、大理石調の大型浴槽も、エラくよく手入れされているではないか。

「やっぱり・・」結は思った。「あたしたちの合宿中、若い男が出入りしてたんだわ。それも、一人だけじゃない・・」入浴準備を終えた彼女は、例のガラス器をそのままにして、妹の片づけの応援に入る。「姉さん、お風呂の辺、何か変わってた?」 「大ありよ。お風呂場全体が、何となく普段より綺麗だったし」 「やっぱりね。あのさ、ツイン・ベッドのあるお客さん用の寝室があるでしょ。さっき覗いたら、そっちも綺麗に手入れされてたわ」 「そうか。来たとしたら、阿久比君かな?」 「ああ、彼ならね。後、もしかすると、豊野君辺りも怪しいわね」

準備が整い、妙を先頭に、結と宙が同時に入浴。姉妹の片づけなどの内に、母が用意した夕食を囲む。トレーナー姿の女三人。母と姉は冷えた白ワインを、酒気の許されない妹は、炭酸水のペリエを嗜む。乾杯を交わし、魚料理メインの食事が、少し進んだ所で、宙が切り出す。「まあ、入試直前合宿は、大体狙い通りでした。出願の方法も聞けたしね。所で母さん、留守中は如何でしたかな?」 「留守中?ええ、まあ、貴女たちから解放されて、のんびりできたわね」妙はそう返した。

「ふふ・・母さん、それだけじゃないでしょ」宙は続ける。「姉さんから聞いたんだけど、お風呂場がエラく綺麗なんだって。それに、さっき見たお客さんの寝室も、よく手入れされてたし、それにね・・」 「それに、何よ?」 「お風呂場の傍で、普段見ないガラス器が出てるのを見たの。あれ、何かしらね?」 「しまった!」気付いた時は、遅かった。年始の夜、あの行為の後、訪れていた予備校生 阿久比 周(あぐい・あまね)に、水気を切らせて収納させておくべきだったのだ。

「あれさあ・・」薄笑いを浮かべ、宙が続ける。「ズバリ!小水の為の器だよね。その時はトイレに行けば良いのに、何であの器が出てるのかしら。母さん、まさか、彼たち、多分二人の前で、放水したなんて事じゃなかったの?信じたくないけどさ」 「宙ちゃん」結が返す。「その『まさか!』よ。ねえ、母さん。こうなったら認めるわよね」 

「仕方がない・・」と言う風情で、妙は「二人、悪かったわね。確かに、貴女たちの合宿中、阿久比君と豊野君に、お年始に来てもらったわよ。貴女たちの想像通り、深い事もしたわ。でも、わざわざ彼たちが『見せてくれ!』て言った訳じゃない。あの二人とも、そんな変態じゃないわ。ただね・・」 「ただね・・何なの?」姉妹の、どちらからともなく糾す。母は「ああ言う席じゃ、誰からともなく、なりゆきでそう言う事になる場合って、あるものよ」と返すと「へぇ~、なりゆきで・・ね。分ります」これも、姉妹のどちらからともなく反応す。

結「分りました。まあ、放水の所を、彼たちに見られてはいる訳ね」 妙「まあね、それは認めるわ」 宙「やれやれ、例の病気の、とんでもバージョンだわ・・」こう言い、苦笑す。「でもさ、宙ちゃん」姉が続ける。妹が「はい、聞きましょう」と返せば「母さんの行状、今日の所は、そこまで聞ければ上出来じゃん。お客様もあったし、疲れてるだろうから、早く休ませてあげようよ」 「好いね。それ、同意です」宙も、結に応じ。

「母さん、今日は休んで下さい。お疲れ様!」姉妹に促される妙「分った。お言葉に甘えるわ。お休みね!」 「はい、お休みなさい!」パジャマに着替え、一足先に就寝の、母を見送った姉妹。後片づけの傍ら、結が「宙ちゃん、考えたくはないけど」と言えば、宙「はい、何かしら?」と返す。「もしかして、阿久比君と豊野君、母さんの小水を飲んだなんて事はないかしら?」 「う~ん、ふふ・・」含み笑いを浮かべ、宙が返す。

宙「まさかとは思うけど、あのガラス器を使ったって事は、可能性ゼロじゃないでしょうね。でも・・」 結「でも・・何よ?」 「それは、近くあたしが、周さんから聞いてみる事にするわ」 「彼、ちゃんと話してくれるかしらね?」 「その時にならないと、何とも言えないけど・・」宙はそう言い「でも、彼は隠し立てのできない性格みたいだから、きっと本当の事を聞かせてくれるわ」と続けた。

翌4日水曜から、学校関係に先立ち、年初の学院教科が始まる。序盤暫くは午前のみ。初日、宙も周も、無難にこなした。そして、二日目の5日木曜。この日午後、パーカーにジーンズ、スニーカー姿の周は、教科の後、久しぶりで、中央西線沿いに、鉄道列車撮影に出る事としていた。教科を終え、貸しロッカーからカメラ・バッグや三脚など、撮影用具を持ち出して、昼食の為、最寄のマクドナルドへ。階下のロビーに降りた所を、同じく教科を終えた、似た様な冬姿の宙に目撃される。「あ、撮影に行くね・・よしっ、後をつけよう」彼女は、そう決心した。

ハンバーガーメインのランチ・セットを平らげると、周はJR中央駅へ向かう。宙はと言うと、少し離れた席でフィッシュ・バーガーのセットを摂り、周に悟られない様、後をつける。途中、格安切符を扱う金券ショップがあり、彼は二枚のJR券を買う。目立たぬ様、続いて窓口へ行った宙「さっきの男と、同じ券を二枚頂戴!」 「かしこまりました!」若い男性店員(クルー)から、代金と引き換えに切符を受け取る。行先は、JR中央西線沿いの東郊にある「高蔵寺」だった。ここは、戦後の昭和期、大住宅地として開けた所だが、鉄道交通の好撮影地があるらしかった。

JR中央駅のブラット・フォームに上がり、暫し待った後、東隣のF県下、天徳行き下り列車が入る。周は、6両編成の最後部車中程の前向き席に座る。これを見た宙、同じ車両の最後部席に身を沈め、様子を窺う。顔が分らない様、サン・グラス着用だ。宙の席は、本当は高齢や身障、妊婦などの、身体にハンデのある客向けの優先席なのだが、車内に余裕のある日中なら、そう問題にならないだろう。

「さて、どんなとこで降りるのやら・・」1pm少し前、豊が帰省の折に乗る、南方へ向かう特急「紀伊5号」と、G県下への特急「しなの13号」が、続いて出て行く。若い二人が離れて乗る、天徳行列車は、その直後の出発だ。

「天徳行 区間快速列車、発車します」出発案内に続き、ドア・チャイムの合図で閉扉。VVVF(可変電圧可変周波数)インバータ制御システム独特の加速音と共に、出発。プラット・フォームを徐行で離れ、うねる様な渡り線路の上を、車体をくねらせながら、列車は、中央西線下り線路へと入って行った。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 JULIA
久石 譲さんの今回楽曲「オリエンタル・ウィンド(Oriental Wind)」下記タイトルです。
Oriental Wind

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