交感旅情 第13話「中憩」
- 2017/09/27
- 21:42
賑わうも和やかな花見の場に、一時、沈黙と緊張が走る。まだ彼方からの、獣の雄叫びの様な太い音色。「来るぞ!」所々で、鋭い声が飛ぶ。線路沿いに集まった「撮り鉄」衆は、一斉にカメラやビデオ装置の電源を入れ、レンズの状態を調整するなどして「その瞬間」を待つ。周囲の花見客も、相当数がコンパクト・デジカメやスマート・ホンのカメラ・モードを投入し、固唾を呑んで、見守る。その中に、周(あまね)と中条、由香、由紀の姉妹がいた。
静寂が支配する様になって暫く後、地響きの様な重い音が、少しずつ増して来る。やがてそれは、これも獣の息遣いの様な「ドドドドド・・!」とでも言う様な、せわしないそれに変わって行く。更に、線路の経点を打つ、機関銃の様な音、少し籠った 客車内電源用ディーゼル・エンジンの響きが入り交じり、次第に大きくなる、一陣の煙を伴い近づいて来る。
「バォォ~ッ!」二度目の警音が、声高に轟く。「今だ!」言葉にはならぬも、列車の先頭で風を切る、蒸機 C57の英姿が視界に踊り込んだ瞬間、居合わせた彼たち、彼女たちは一斉にシャッターを切る。モーター・ドライヴでの連写を試みる者も多い。見慣れぬ者には意外な程の速いペースで「SLばんえつ物語」は、公園や線路沿いに居合わせた者たちの眼前を駆け抜けて行った。
遠ざかる列車を横目で眺め、中条が声かけ。「皆、ご苦労だった。上手く行ったかな?」 「有難うございます。まずは成功かと・・」まず、周が返す。続いて「うんうん、とても好い感じで撮れたわ」 「あたしもね!」由香、由紀の順で応じた。もう一回、長めの停車が予定される蒸機列車を追跡する者たちは、早めに車に戻り、ゆっくり花見のできる自弁組は、再び公園や発電所周りの河畔へと向かう。中には、ゆっくり花を見て、そのまま復路の蒸機列車の撮影に臨む向きもある様だ。
「車、どの辺に停めた?」中条が尋ねる。「はい、この道の奥、ダムのすぐ横に停められまして・・」由香が答える。「よしっ、ここでの乗り込みは、道が狭くて迷惑だから、車のとこまで歩こうや。昼飯の場所も、どうせ今は混んでるからな。予約は1pmから。時間には余裕があるわさ」 「初美先生と宙(そら)ちゃんは、どうされました?」由紀の問いに中条は「蒸機(列車)が通るまで、川べりへ花見に行ってる。このまま歩けば、途中で合流できそうな気もしてな・・」と返した。
築堤下の撮影地点から、徒歩で数分足らず。思った通り、河畔から戻りの初美と宙も合流。発電所の堰堤横に、姉妹の乗って来た、エア・イエローのトヨタ・シエンタが控えていた。「伯父様は、助手席でお願いできるかしら?道案内が必要なの」 「良いだろう。だがまあ、R49を若松方面へ行けば良いだけなんだが・・」中条はそう返し、運転する由香の求めに応える。二列目右に初美、左に由紀、最後列右に宙、左に周が座った。
交通量多めも、まずはスムーズな R49を順調に流し、約10分程進んだ所に「道の駅 西あいづ」が整備される。中条は言った。「車は、ここの駐車場に入れて欲しい。昼飯場所の駐車場所は狭くてな。どうせ一杯だと思うんだ」 「分りました。では・・」どこの「道の駅」でもそうだろうが、この場所も、奥まった所に土産物店などの商業施設と、飲食店複数が入る フード・コートの設備がある。店舗寄りは流石に混み合うも、少し離れれば、苦労なく駐車できた。
「じゃ、淑女の皆さんは、少しの間、お土産の下見でもしててくれるかな?俺と周君で、昼飯場所の様子を見て来る。席の用意ができたら、由香ちゃんのスマホにLINEって事でいいかな?」 「はい、いいですよ!」 「じゃ、後でな」 「了解です!」女四人は、商業施設に入った。
周と中条は、道の駅からゆっくり歩き、昼食場所の食堂「D軒」の様子見に向かう。ほんの一辻入った店の前は、入店待ちが二組数名。中条は、電話予約をしている旨 一言入れて、周と共に、ひとまず列に並ぶ。十数分後、席の用意が整い、全員が中へ。地元精肉商直営の「D軒」は、優れた豚肉料理で定評があった。ロース・カツや生姜焼き、それに麺類とコラボの焼豚(チャーシュー)が特に好まれていて、地元常連、観光客の立場を超えて、熱い支持があった。又、生きの良い馬刺しも、隠れた人気を誇った。この辺りの事共は、ネットの「食べログ」にも記事があり、一定は事前に知る事ができた。
中条は、座敷に着いた全員に言った。「ここの料理は、全般に盛りが好いから、控えめに頼んだ方がいいだろうな。まあ、出て来りゃ分る事だが・・」 「分りました。楽しみね。じゃ、それも考えて・・」 「後 悪いな。俺と周君、ビール飲んでいいかな?」 「いいですよ。遠慮しないで!」 「有難う!」周と中条は、枝豆と、菜っ葉の漬物でビールを嗜み、女四人は、コーラやオレンジ・ジュースを所望。食事の方は、周がロース・カツ、中条が生姜焼き、初美と由紀がヒレカツの各定食、宙と由香が、みそチャーシューメンと言う所だ。
中条の情報通りの、高い味レベルと納得の盛りで、一同は満足。一時間程店に留まった後、もう一度 道の駅へと向かう。次の JR磐越西線の列車は 3:20pm過ぎの出発。まだ一時間強、時間に余裕がある訳だ。
「由香ちゃんたち、下りはどこで撮るのかな?」中条が訊くと、由香は「はい、この川下の鹿瀬(かのせ)って所の学校の傍に、桜が少しあるみたいなんです。で、そこの時刻が5:10pm頃なんで、そこで撮ってから、お宿に入ろうかと思いまして・・」 「そうか、分った。鹿瀬も好いとこだな。ただ、人出もそれなりだろうから、早めに行った方が良いかもだ」 「そうですね。情報有難うこざいます。お言葉通りにするって事で・・」
一行は、3pm過ぎの出発まで、道の駅にて休憩。土産物の入手もしたが、全員に人気だったのが、炭火を使った「焼き麩」だ。味噌汁や煮物の具に好適で、中条は、自身の分に加え、タクシーを駆る永野にも持ち帰り、周のバイト先の上司でもある 室(むろ)の所へも一定量を送る事にした。勿論、彼たちには連絡済みだ。女たちに人気だったのは、蜂蜜とブルー・ベリーをブレンドしたシロップ。ジャムとしても使え、天然材料だけの健康食品である事も、好感された。
「さてと・・」中条は、周を呼び寄せる。「はい・・」彼が応じると、商業施設の店舗奥の方の、日本酒売場へと向かう。女たちとは距離のある所だ。「少し、日本酒を見てぇんだ。俺の知る所で、君にも選び方とかを教えられるとって思ってな」 「ああ、それ、有難いですね。少しお供しますよ」快く応じる周だったが、もう一方で、何故中条が彼を呼んだかも、薄々察知はしていた。
地元で人気の、会津地区の銘酒の話をひとくされした後、中条は言った。「実はさ・・」 「はい・・」周が返すと「昼飯の時、できなかった撮影地点の話でさ」 「やはりそれでしたか。聞きましょう!」 「じゃあ、はっきり言うぞ!さっき、蒸機列車の撮影時、あの姉妹が、俺たちの前にしゃがんだだろ・・」 「はい、そうでしたね」 「その時さ、彼女たち、割とピッタリしたジーンズやデニムのパンツだったもので、お尻のラインがはっきり見えちまったんだな。俺、昼飯の間中、その事が頭にこびりついて、困った困った・・(苦笑)」
周「ハハ、そうでしたか。それなら自分も同じですよ。確かにねぇ、由香さんも由紀ちゃんも、好い曲線(カーヴ)してますもんね」 中条「君は何、先月 豊(ゆたか)君の実家を訪ねた折、出かけた海岸で、偶然彼女たちと出くわしたんだったな」 「はい、ええ・・まあそんなとこでして・・」 「うんうん。それで、四人仲良く行動する機会もあったんだろ?」 「ええ、ですが、その事は話すと長くなりますんで、帰りの列車の中でにして頂けると有難いんですが・・」 「ふふん、まあ良いだろう。じゃ、帰りの車中でって事で・・」 「はい、その時には必ず・・」男二人の、このやり取りが区切られた所で、買い物を終わった初美が、声をかけて来た。「そろそろ、行きましょうか・・」 「ああ、はい。そうしましょう・・」些か慌てた 男二人は、素直に応じた。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 桃乃木かな
葉加瀬太郎さんの今回楽曲「陽のあたる家(House of The sun)下記タイトルです。
House of The sun
福島県西会津 同気(どうき)食堂 (物語中 D軒のモデル)情報、下記タイトルです。
同気食堂
にほんブログ村