パノラマカーと変な犬 第3話「下弦(かげん)」
- 2018/01/09
- 10:04
午後の事故もあり、後ろにおした中条の仕事がどうにか片付いたのは、専務でもある実妹が用意してくれた、賄(まかな)いの夕食を挟んだ 9pm過ぎだった。「室(むろ)さんの店へでも、顔を出そうかな。周(あまね)君も、来てるはずだし・・」との想いも過りはしたが、社長の義弟は翌朝が早く、己も朝方は用務があるので、一家に一礼して帰宅する事にした。
出がけに、甥の健(たける)が顔を出し「伯父さん、大変だったね!」 「心配有難とよ。お蔭で怪我なしだったわ」 「お姉さんたちも?」 「勿論無事だ。俺は『受け身』が巧いからな!」 「ハハ・・それはどうだかだけど。車はどうなりそう?」 「うん。修理工場の返事待ちだが、ギリギリで治りそうな感じだったぞ。お姉さんたちのもな」 「そうか、そりゃ良かった。まあ、明日からも気をつけてね。お休みなさい!」 「有難と、お互いにな。お休み!」社用の婦人自転車(ママチャリ)を借り、帰宅したのが 10pm過ぎ。
シャワーを経て居間(リヴィング)に落ち着き、TVをONにして 携帯をチェックすると、事故を起こした木下由香(きのした・ゆか)から LINE着信。9pm前後、男の退勤間際に送られた様だ。内容は、以下の通り。「伯父様、お疲れ様です。今日の事故、改めて申し訳ありませんでした。処理のお手配にも、ホント感謝してます。今夜は、お言葉通り 宿の近所で夕食の後、由紀(ゆき)共々 お部屋で静かにしてます。できたらで良いけど、遅くても 返事を頂けると嬉しいわ」
「やっぱり・・」男は思った。「多分、何か言って来ると思ったんだよな。それに・・」 「やっぱりさ、あの姉妹の、ブラウス越しの胸の双丘とか、長いパンツ越しにも分る美脚は、どうにもこうにも気になるて。よしゃ、一発返信してやるか・・」スマート・ホンのアプリで、送信にかかる。
中条「遅くに失礼。今日はご苦労様。落ち着いたか?」 由香からは、反射の様に、直ぐ返事が来た。「伯父様、お疲れ様です。今日は、改めて済みませんでした」 「OK OK、分りゃ良いんだ。ちょっと前、残りの仕事も区切りになって、戻ったとこさ。帰り道、馴染みのとこで一杯とも思うたが、貴女たちの事が ふっと脳裏を過ってな・・」 「おおきに・・有難うございます。当然ですけど、あたしは禁酒でしたよ。まだ由紀が飲めない事もあるけどね」
中条「まあ、あんな事のあった夜は、それが良いだろう。夕飯は何?俺が言ってた あの寿司屋だったのか?」 由香「ええ、そうでして。とってもネタの鮮度が良くて、美味しかったわ。お米の感じも超グッド!上がり(お茶)だけでも素敵な感じで、由紀も大喜びでした」 「ああ、そりゃ良かった。まあ普段の日だったからいかんが、今度、俺や周君辺りも交えて、行ってみてぇもんだな」
由香「さよですねぇ。ホンマ、あたしたち二人だけじゃ惜しいわ。普段はね、関西辺りの 明石海峡の好いネタを食べる機会もよくあるけど、N市も負けてないわね」 中条「有難とよ。この辺りは、伊勢湾とか もっと内海の M湾辺りのネタが上がって来てるんだ。質なら負けぬと思うぜ」こんな感じで、暫くは寿司ネタの会話が続いた。
食の話が区切られると、中条は「所でさ・・」と、詰め寄る様に切り出した。「はい、何でしょう?」由香が返すと「悪いが、これからちょっとは、事故当時の事な。もう思い出したくねぇかもだが。あの時、俺は咄嗟に 貴女たちの顔のダメージを恐れてたんだ。もう分ると思うが、あれは一生残りかねんからな。まあ大丈夫と分ったら、次は 脚の方が心配になった。これ、由紀ちゃんもな。理由は、分るだろ?」 「ああ、はい・・大体、分りますよ」返しながら、由香は苦笑していた。内心で・・「やっぱり、伯父様は エッチ!」
男は続ける。「この前の連休の、新潟辺りの旅行で分かった事だが、貴女たちはホント、姉妹揃って 綺麗な脚しとるもんなあ。モデル脚って言うの?デニム地の、長いパンツ越しでも よく分ったぞ。ホント、賢明だったな。あの時、スカートだったら・・」 「はい、何でしょう?続けて欲しいわ」 「いいのか。それじゃ・・」
話は、更に続く。「内々で済ますからと言ってさ、貴女たちのスカートの中を狙ったりしかねなんだりしてな。あ、いやいや・・こりゃ冗談だけどさ・・」 「まあ!やっぱり、そないな事考えてはるんですね。嫌らしい!・・でね。或いは、そんなんもありかいな思うて、パンツ・ルックにして来たんです。由紀も同じやけど・・」 「ああ、やっぱりな。まあさ、旅や遠出じゃ、何があるやら分らんからって心がけは大事だて」 「・・ですよね」もう一度、話が区切られる。
「所でさ・・」男が問うた。「帰りは、明日なの?」 「ええ、明日午後のつもりです。明後日の日曜まで居てもええのやけど、よく列車とか混雑するやないですか。それに、あのレベルの事故やと、親に黙っとる訳にも行かへんしね」 「ああ、当然の事だろ。それと、夏休みの特別教科の会場とかは、見て来たのかね?」 「ええ、今日の昼頃着いて、食事の後で A大学の中の場所を見て来ました。明日は、午前で 大学から遠くない、佐分利学院の校舎の中を見て、午後の(近畿参宮電鉄)特急で、一度大坂へ戻ります」
総合予備校・佐分利学院の名を聞いた中条は、何か因縁めいたものを感じたのは無理もない。甥の健、その親友 箕輪 徹(みのわ・とおる)、共通の先輩 豊野 豊(とよの・ゆたか)らが今も学び、修了したとは言え、今も近しい 阿久比 周(あぐい・あまね)も少し前まで通っていた。指導陣も、交際が進行中の 伊野初美(いの・はつみ)の前任地。その後輩で、周の恋人の姉 花井 結(はない・ゆい)や、忘れもしない養護主任の女医 本荘小町(ほんじょう・こまち)ら、今も名物講師が集まる。そこで、これからの夏休み序盤、学術交流メインの、特別教科が行われるのだ。
「なあ由香ちゃん・・」中条が送信する。「何やらその話、面白い事になりそうだな」 対する由香「そうお思いですか?それじゃ、期待しちゃおうかな。笑」文面の向うに、美しい笑顔が見える様だ。「それにさ・・」男が続ける。「由香ちゃんたちの部屋って、東向いてるか?」 「ああ、はい。ここはほぼ、東向きですね。階は8F・・かな」 「ああ、そりゃいいな。今さ、月が上がって来てるんだ。満月じゃねぇけどさ。下弦の月って言うの?雨がちの梅雨で、これだけ見られるの 珍しいぞ」 少し間を置き、返事有。
由香「ホンマ、TV塔や高層ビルの間から、好い感じで出て来てますね。まだ赤っぽいのも、好い風情やなぁ・・て、由紀も言うてますよ。言わはる通り、梅雨時に珍しいですよね」 「うんうん、そう思うだろ。さあ、明日は 帰る前、一緒に昼飯位食えるかな。列車は、何時なの?」 「はい、ああ 1pmの出発ですね」 「よしゃ、分った。それじゃ、正午に(佐分利)学院のロビーで待ち合わせにしようや。もう遅い。夜中やから、由紀ちゃん共々 ゆっくり休む様に」 「はい、おおきに。有難うございます!伯父様も、遅くならない様にね。ほな、お休みなさい!」 「有難う。お休み!」交信ここまで。
「さてさて、俺も休むか・・」そう思いながら窓外に目を遣った中条の視界に、暗いながら しきりに動くものがあった。右手斜め下・・彼にとってはお馴染みの、某商家の屋上だ。もう日付も替わらんとする宵闇に紛れて蠢いていたものは・・そう、同家の、性質芳しからぬ 垢(あか)抜けない飼い犬だ。「何や今頃・・暗闇に紛れて、大アホーマンスかよ・・」男はそう呟き、一応 窓外に目を凝らす。屋上を、ひとしきりうろついた犬は、何を思い出したか 甲高くひと声「ワン!」と吠えると、そそくさと階下へ。「何が『ワン!』だよ。お前に言いがかりなんか、つけられんわな。どうせ粗相の一つ位したんだろ。もう静かにせい。Kusoして寝ろ!」
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 蓮見クレア
中村由利子さんの今回楽曲「地平線の向うに(Beyond the Horizon)」下記タイトルです。
Beyond The Horizon