パノラマカーと変な犬 第4話「目途(めど)」
- 2018/01/11
- 20:33
一夜明けた、翌日土曜も A県地方は日中、晴天に恵まれた。この日の中条、斜め向かいに巣食う、例の不良犬の 屋上咆哮で目を覚ます。丁度好い具合に、起床すべき 7am前だったので、この朝は まあ赦してやる事にしたのだ。「たまにゃ、好い仕事するもんだ・・」
午前は11am過ぎまで出番。土曜のみ認められる普段着姿での勤務だ。よく行う 週明けの仕事の段取りなどして、11時代半ばに退出。そのまま 最寄駅から N市営地下鉄で、JR中央駅へ。同駅西口の、佐分利学院本校舎 1Fロビーで、木下姉妹と待ち合わせる約束になっている。地下鉄駅からは、この日の事を知らせておいた、知人の大学生 阿久比 周(あぐい・あまね)も同行する。彼も又 同様の平装だ。
「伯父さん、ご苦労様でした。大変だったですね」周が言った。「ああ、有難とよ。君にも心配かけた。車のダメージは、双方ともかなりのもんだが、お蔭で 怪我人が一人も出なかったのが、不幸中の幸いってとこだな」と、中条は返した。周「ああ、そりゃ良かったですね。人身まで行かずに済んだんだ。物損だけで留められれば、それは大きいですもんね」 中条「そうそう。今日にも示談に入れそうだが、物損だけなら 目途がつくのは早いだろうな」地下鉄を降りて一旦地上へ上り、近年、周りに超高層建物が並ぶ JR中央駅を、東側の大通り口から、東海道・山陽新幹線も出入りする 西口へと向かう。
周は続ける「(佐分利)学院の校舎へ入るの、久しぶりだなあ。受験してた、三月初め以来ですよ」 聞いた中条「そうか。まあ、月日たぁ、過ぎてみると早いなぁ・・とも思うよな」 「・・ですね」正午少し前、校舎上階に行っていたらしい、由香、由紀の姉妹が EVで降りて来る。事故の時と同じく、姉妹共 淡色のブラウスに長目のパンツ、それにスニーカーを履く。
「伯父様、今日もおおきに。有難うございます!」 「周君も久し振り。元気そうで何よりだわ!」 「有難う。お蔭で、元気にやってるよ」四人、互いに挨拶を交わす。中条、様子を見ながら「・・で、中央駅の傍の店は、どこも混み合うからな。周君の通った、中華屋で良いかな?」 「ああ、周君お気に入りのお店。十分です!」姉妹は、笑顔で返し、周も同意した。
日常の延長でありふれてはいるが、炒飯に餃子、搾菜、小さ目の中華スープで、一同は乾杯。「伯父様、周君。遠慮しないで、ビールどうぞ!」由香の勧めに、男二人は「そう言う事なら、遠慮なく・・」と、ビール大瓶二本、グラスは三個で注文。酒気の許されない由紀には、ジンジャー・エールを見舞う。
「それじゃ、来月の行事が上手く行く様祈って、乾杯!」半時余りの 短い時間だが、一同は 食事の傍ら談笑を進める。由香「そっかぁ。周君も参加なんやね」と切り出すと、周も「ああ、俺も行きますよ。ついでに 宙(そら)もね」 聞いていた由紀「ハハ、彼女、元気かしらね。嫌らしい悪戯(いたずら)仕掛けるのが、ちょっと難儀やけど・・」周「ああ、彼女(あいつ)は至って元気ですよ。この後、夜はバイト休みだから、会う予定だけどね」 由紀「ふふ・・嫌なら答えんでもええけどさ、彼女と、又 深い事しはるの?」 周「う~ん、なり行き次第だけど、可能性はあるね」と返し。
「彼女、この前の旅行でしてた、菊のお花(肛門)に仕掛ける悪戯とか、又するのかしらね?」二人の会話に加わった 由香が訊くと、周「ああ、あの事ね。俺的には 段々とやめさせようと思うんだけど、今の様子だと、絶対ないとは言えない段階だね」 由香「ああ、分かったわ。余り焦って、無理やりやめさせへん方が良いかもね。様子を見ながら徐々にって風に進めた方が良いかも知れへんね」と続けた。周も「有難う。それ、視野に入れて動く様にしますわ」と返し。
そうこうする内に 12pm代も後半に入り、そろそろ 近畿参宮電鉄の 中央下駅へ向かうべき頃合となる。「皆、悪いな。一緒にコーヒー飲む時間までは取れんくて」中条が言うと、由香「いいえ、とんでもありまへん!又 来月お会いできるんやし、その時の楽しみにしときますよ!」と返し、妹の由紀も「そやそや!来月がありまっせ!」と合せる。中条「有難とな。よく理解してくれて。その時には俺も、もっとゆっくり相手できる様にするからな」と返したが、この「もっとゆっくり・・」の言葉には、勿論 大人の「色んな意味」が込められているのは 言うまでもない。
「それでね、伯父様・・」由紀が声をかける。「うん、何かいな?」中条が返すと 「実はね、昨日の夕方 姉と一緒に中央駅の大通り口からちょっと南の方まで歩いたんです。そしたら、鉄道線の方から、何か音楽のメロディみたいな警笛(クラクション)が聴こえて来たんです。姉と『あれ、何やろうな?」て事で、よく分らなかったんやけど、伯父様や周さんは、知ってはりますやろか?」と尋ね。
一瞬考えていた 周だったが、直ぐに「伯父さん、それは・・」と返し。「うんうん、何となく分るぞ」中条が応じると 「多分ね、私鉄の名豊電鉄線を走る、特急電車の『パノラマ・スーパー』じゃないかと思うんだ。もう引退したけど、俺が中坊になる寸前まで、明るい赤一色の車体(ボディ)で、正面が展望席の『パノラマカー』て言う面白い電車がいてた事があって、やっぱり音楽の警笛を鳴らしながら走ってたんだ。これ『パノラマ・スーパー』も備えてるから、多分 その音じゃないかな」
由紀「ほう、おもろいな!今日はもう帰りやからあかんけど、来月ここ来たら、一度乗ってみたいわぁ」と希望を述べ。聞いた中条も「ああ、いいだろう。是非一度、機会を作るわ。ただな、『パノラマ・スーパー』の展望席は、指定制になっとるから、券が取れなんだ時は、悪いが 許してな」 「ええ勿論。無理なら仕様(しゃあ)ないもんね」とりとめもない会話を断続しながら、ロッカーで預り荷物を戻し、近畿参宮線の地下プラット・フォームへと向かう。
特急 難波行きは、地下プラット・フォーム 5番線から 1pmに発つ。最後尾の一両は、JRのグリーン車に相当する デラックス車。姉妹の席は、中程の 3号車だ。中条「ああ何・・デラックス車じゃねぇんだな」と呟くと、由香「ええ、まあ・・二人隣同士なら、普通席のレギュラー車で十分だし、乗ってるお客さんも多くて、賑やかやしね」と返す。聞いた男は「そうかぁ。二人は、賑やか目の方が良いんだな・・」 「そうなんです。ちょっと、変わってるでしょ」由香はそう続け、笑う。傍らの由紀も笑顔で応じ。輝く様な美しさがあった。その時・・
壁を隔てて ほぼ隣接の、名豊電鉄線の地下プラット・フォームの方から、音楽メロディの警笛が、微かに響いて来た。聴いた由紀、顔を輝かせて「あれです!」 中条は、周と顔を見合せて「やっぱり、あれ『パノラマ・スーパー』。もう間違いなしだ」 「そうかぁ、又一つ、楽しみが増えたわぁ!」姉妹は、静かに喜んでいる風情であった。
1pmの出発が迫る。中条、予め買っておいた 缶コーヒー二本を、姉妹に渡し。「近参特急と言うても、最近は 全部の列車に車内販売が乗ってねぇ事もあるみてぇだ。念の為、持ってけよ」 「はい、おおきに。有難うございます!」姉妹はこう返し、由香が「それでね、伯父様・・」と続ける。「はい、何ぞ?」男が返すと、由香「ホンマ 申し訳ないんやけど、来月の行事まで、これを伯父様んちで預かって下さりまへんやろか?」 中条「それは良いが、貴重品とかじゃねぇんだな?」 由香「はい、その類(たぐい)はおまへんで、あたしと由紀の、つまらん身の回り品でして・・」
「そう言う事なら・・」と、中条は、由香の差し出した濃色のスポーツ・バッグを預かる事に。「それじゃ伯父様、ホンマにご迷惑とご面倒おかけし、済みませんでした。又来月、宜しゅうお願い申します!」 「ああ、そりゃもう良いよ。とに角、気をつけて帰れや」 「おおきに、有難うございます!」昔の路線バスによくあった、二枚折り戸の乗降扉が閉ざされ、定刻の 1pm、難波行き特急「アーバン・ライナー・プラス」は、静々と滑り出した。
席に収まった姉妹と挨拶を交わし、中条は、周を伴って 地下鉄で一度居所へ寄って、由香の荷物を置くと、居所を施錠し、そのまま連れだって 馴染みの喫茶店へ。「行事は一週間位らしいな」と切り出すと、周「ええ、そうですね。学年別と、参加者全員で行う教科もあるみたいで・・」と応じ。程なく出されたアイス・コーヒーを嗜みながら「それにしても・・」と呟く。
「あの美人姉妹さん、まさか期間中 俺んとこに居つくつもり・・まさか、それはねぇよな」 聞いた周も「幾ら何でも、それはないでしょう。良家の令嬢姉妹だし、俺や(豊野) 豊(ゆたか)なんかは、正直 身分違いかもですからね。あ、これ 宙も同じ・・か」 「それは言わん方が良かろう。ほぼ同じ立場の宙ちゃんと、仲が進んでる以上はな」 「・・ですね」男二人は、顔を見合せて 静かに笑った。この翌週初め、事故の示談が成立し、車の修理が済み次第、全てが解決する事となる。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の壁紙 名古屋鉄道(物語中 名豊電鉄のモデル)パノラマカー 思い出画像
犬山線 犬山遊園~犬山間 愛知県犬山市 2008=H20,8 撮影 筆者
パノラマカー音楽警笛の聴ける動画 下記タイトルです。現存の「パノラマ・Super」も、ほぼ同様の装備です。
Meitetsu Panorama
中村由利子さんの今回楽曲「ラヴリー・アイズ(Lovely Eyes)」下記タイトルです。
Lovely Eyes