パノラマカーと変な犬 第45話「異変」
- 2018/04/04
- 19:29
8/3の木曜、中条との交際進む、佐分利学院の元講師 伊野初美(いの・はつみ)は、午前から日中まで 今の勤務先である情報関連企業の外務を早めに終え、3:30pm頃、彼の居所に入った。少し前から、ここの合鍵を預かっている。表向きは、外務が終わり次第、直退の形にして、彼の居所で 残った仕事を片付けるつもりでいた。そこにも、初美専用のノートPCを常設していたのだ。いわば「勝手知ったる他人の家」という事か。
「やれやれ・・ホント、夏の外務って大変だわ」彼女は呟く。「でもいいの。新さんのとこに置かせてもらってるPCで お仕事の一部も持ち込んで処理できるしさ。今日は、そう。早めに終わらせて、少し掃除位しといたげよう・・かな」こう言いながら、些か汗ばんだ夏の正装 濃色レディース・スーツの とりあえず上衣だけを脱いで、男のクローゼットにハンガーを介して吊し、慣れた様子で 男のコーヒー・メーカーに電源を入れ、コーヒーの準備の傍ら、持って来た紙資料やデータ・ディスクなど用意、手際よく処理を進めて行った。
小半時程して 席を立った折、玄関脇の窪んだスペースに目をやった初美は、頷いてこう言った。「やっぱり・・」 そして続けた。「由香ちゃんに由紀ちゃん、ここで寝泊まりしてるわね。大き目のキャリー・バックは全部は隠せないって事で・・」 もしかすると 50Lに近い容量の、大き目のキャリー・バッグは、ローズ・ピンクにレモン・イェローという目立つ外装もあって、直ぐに初美の視界に留まった。
「ふふ・・」初美、微笑んで続けた。「結構大きな容器だから、二人共 衣装もそれなりに用意してるんだろうね。よし・・」 「もうすぐ彼女たち、戻って来るわね。そしたら少し、けしかけてやろうかしら。まあ、見物(みもの)じゃあるけど・・」中条の留守中に立ち入って ほぼ一時間後、置きっ放しのコーヒー・カップが空くのと同タイミングで、初美の仕事は一区切りとなった。
彼女が 中条の居所に入ったと同じ頃、由香・由紀の木下姉妹は、学術交流行事の三日目を終える。この日午後は、佐分利学院の養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)の 医療費を巡る講演や討論会も行われ、中々の内容だったのだ。行事の終了後は、小町や学院の講師 山音香緒里(やまね・かおり)、それに 花井 宙(はない・そら)や 阿久比 周(あぐい・あまね)などの学生たちと、少しの間の茶話会を経て 5pm少し前に、中条の居所へと戻って来た。
「結構 やる事あるな・・」由香が言った。妹の由紀「そやな。買い物とかは、早めの方が良いやろから、着替えたら 速攻で出かけるべきか・・」そこまで返し、頭上を見上げると、斜め向かい家の屋上に、それが決め事と言わぬばかりに 飼い犬「マル」が姿を現している。
「マルちゃん 元気やね!可愛いよ!」右手を振る由紀が大きめの声をかけると、マルも分かるのか 激しく尾を振り「ワン、ワン!」と、元気に吠えて返す。由紀は続けた。「なあ、お姉ちゃん」 「うん、何やね?」 「マルちゃん、素直なええ子やん。やっぱりな、伯父様の『Kusoマル』は頂けへんなぁ、どう考えても言い過ぎやで」 「ハハ、成る程な。そやけど、伯父様も持病みたくなってるさかい 治すのは難しそうやで」 「それも分かるけども、ちっとずつ そないにした方がええのと違うかなぁ・・」 「まあ、できれば・・な」そんな事とかを言い合いながら、姉妹は玄関のセキュリティをクリア、EVで上階を目指す。そして・・
「・・!」男から預かった合鍵で入室を図った姉妹が、少しく現れた異変に気づくのに、僅かな間を要したのも事実だ。「由紀、分かるか?」 「はい、それは?」 「今朝 あたしら、伯父様の後から出かける時、施錠したよな・・」 「うんうん。鍵は確かにかけた。間違いないで~」 「そやけど、これ どや?鍵 開いとるなぁ」 「うんうん。そやなぁ。んで、結局 チェーン・ロックしたるよってに、入れへん・・と」
「これ、一体 どないや・・?」今日は、中条から 早退云々の話は聞いていない。この時間、彼はまだ勤務先のはずだ。由香「おかしいよな、これ。どやろう、警察に知らすか?」 由紀が「う~ん、もそっと様子見た方が・・」と返した時、黒の鋼鉄防火ドアが「ガチャリ!」と音響を上げる。「あ、あかん!」奥の方から、人の気配がしてくる。
「何よ~、一体 何の用~?」そんな風情の、些か苛立った様な 女の姿が近づく。「ああ、ご免なさい。あたしたち、ちょっと中に荷物とかありまして・・」些か狼狽した風情で、姉妹は申し出た。二人の顔を流し見した女は「ハハ、そりゃ良いけど、まあ!由香ちゃんと由紀ちゃんじゃないの。暫くね」 「ああ、初美先生。こちらこそ、暫くでした!」 「まあ、ここじゃ何だから、続きは居間で・・ね」 「ああ、はい。直ぐ上がります」チェーン・ロックを解かれ、姉妹は中へと向かう。
とりあえず手回り品を置いた姉妹「先生・・」と声をかけ。「はい、何?」初美が返すと、由香が「あたしたち、この足で 買い物行って来よう思てます。中条の伯父様から、大体の希望は聞いてますが、それでよろしかしら?」 「そうねぇ。野菜がそろそろ切れるから、セロリと人参、それに胡瓜とピーマン位あるといいわね。それと、カマンベールチーズに由紀ちゃんの飲み物ね。丸万ストアーでも、それ位はあるからね。その前に、貴女たち 行った事あるの?」
「はい、あー・・一度か二度 ありますね~」 「よしよし。・・じゃ、もう道順やお店の勝手は分かるわね」 「は~い、分かります。そいじゃ、行って来ます~」 「はい、まあ気をつけて・・」ありふれた挨拶ながら、初美は もう一度出がけに言葉をかける事を忘れなかった。そして「面白くなりそうね。今夜は・・」
「皆ご苦労、今 戻った!」中条が戻ったのは、姉妹が買い物から戻った後 半時程の所であった。既に風呂の用意もでき、厨房では 姉妹が手分けして、野菜スティックやチーズなどの盛り付けを進める。「お帰りなさいませ!」気付いた姉妹が、まず挨拶。特に慌てた様子はない。続いて、居間にて雑用の初美が声をかける。「お疲れ様。ちょいと、聞きたい事もあるしね」 聞いた男は「ああ、はい。ま・・良いだろう」この日の夕食メインは、時折頼む 宅配ピザのL判が二枚。四人には十分な量だ。
「ほな あたしたち、先にお風呂使わせてもらいます」中条に促された事もあって、姉妹は浴室へ。居間は、ひとまず初美と彼だけに。「彼女たち 結局、ずっとここで寝泊まりしてたって理解で良いのよね?」なるべく事を荒立てばいようにとの配慮の一方で、必要な所は、全て聞き出そうとの気迫に満ちた姿勢が感じられた。「まあさ・・」居間のソファに、初美と並んで身を落ち着けた中条は、静かに語り始めた。「最初は、ホテル泊まりを促したんだが、何か、成り行きで俺んとこになっちまったって感じでね・・」 「ふふん、成り行きねぇ・・」感心はせずとも、落ち着いて聞く風情の 初美であった。
(つづく。本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 鮎原すみれ
中村由利子さんの今回楽曲「陽だまりの公園で(Memories of A Sunny Park)下記タイトルです。
Memories of A Sunnypark