ちょっと入淫 第2話「告知」
- 2018/06/06
- 16:22
ほぼ南北に細長い 金盛(かなもり)公園の西は、既に触れた様に 東海道、中央西の 両JR線と、名豊電鉄本線が並行し、高い頻度で南北両方向への列車が往来する。線路を望む 西向きのベンチに陣取り談笑する三人の男たちの会話も、度々かき消されたのだが、特に中条が 所謂「ゆる鉄」と呼ばれる緩めの鉄道愛好者という事もあって、目立つ不快感を示す者はいなかった。それは宮城(みやぎ)の連れ犬三匹にも言える事で、かなりの音響で列車が通っても、動じて吠える様な者はなかった。ただ 鈍感なだけかも知れないが。
一際耳につく、東部の吉田へ向かう 名豊電鉄線特急「パノラマ・スーパー」が音楽警笛ミュージック・ホーンを吹奏して通るのを見極めた様に、宮城が言った。「お前たちの知りたがってる事をまず一つ。明日からの入院先は、鵜方病院だ。俺んとこから、自転車でも 15分位で行けるが、明日午後、都合良ければ 永野(ながの)君に送ってもらおうかな。ちょっと、その辺り訊いてくれんかな?」聞いた永野は「宮城社長、有難うございます!直ぐ指令に照会します。それと自分、車の無線が気になりますんで ちょっと見て来ます。直ぐ戻りますんで・・」こう言い、公園傍の路肩に停めた 車へと向かうも、鵜方病院の名を聞くと、少し表情が硬くなった様にも見えた。
ベンチ上は、一旦宮城と中条、連れ犬三匹という顔ぶれに。宮城は続けた。「次に、担当のお医者さんの名前だが・・」 中条「はい・・」 「本荘小町(ほんじょう・こまち)といわれる、女医さんだってさ。ヴェテランだとうざそうだが、お前知ってる?」聞いた中条は、微笑んでいる。「宮城さん・・」 「うん、何かい?」 「知るも何も、それ以上の方ですよ。本荘先生と来りゃ、小社の社長の息子で俺の甥が通う、佐分利学院の養護主任であらせられましてなぁ!」 「ハハ、そうか?」
中条は続けた。「それでね 宮城さん。これはまだ伏せといて頂きてぇんだが・・」 「いいよ。約束したる」 「有難うごぜぇます。本荘先生は、本当に優れたお医者さんで、それに(佐分利)学院の養護主任の技も素晴らしく、俺たち皆尊敬してます。しか~し!」 「しか~し!何だよ?俺とお前の間柄なんだからさ、何も格好なんざつけんでええ。続けろ・・」 「感謝です。そいじゃ・・」と、中条は更に続けようと図る。そこへ永野が戻る。
宮城の、無言の促しに応え 彼は言った。「お待たせしました。宮城社長、有難うございます。明日のその辺りイケまして。病院入りは、明日 3:30pmでよろしかったですね?」 宮城「おお、その通りぞ。そやから 20分位前に回ってくれれば良い感じってとこだな」 「かしこまりました。では余裕見て 3pmまでに伺うって事でよろしいか?」 「それ好いね。じゃ、まずはウチから鵜方病院までって事で。場所は分かるか?」 「はい、御社と鵜方病院さん、双方住所お聞きしまして カーナビゲーションで把握しております!」 「OK!それで決まりだ。そいじゃ永野君、中条とのお喋りも最後んとこだから、今日は そこを聞き届けて現場に戻ってくれ。明日の駐車場所は、着いたら受付から案内さすわ。中条、中断悪かったな。続けてくれ」
中断待機の中条「ああ、いえいえ。明日のご入院、大事な打ち合わせですから そっちを優先して下され。永ちゃんもよかった。以後、好い感じでつき合えると良いな」 永野「有難うございます!宮城社長のお所は最初ですから、気を入れて行きますよ!」 「OK、頑張れよ!そいじゃ、時間も圧(お)してるから、手短に行きますわな!」 「ああ、ヨロです・・」 「お願いします!」
又もや、足元にじゃれついて来た犬二匹を適当にあしらいながら、中条は 話を再開した。「本荘先生が、(佐分利)学院の養護主任に就いた・・と言うより、養護主任のポストを作ったかといえばですな。この先、医療福祉分野の学科に関わる準備が一つ。その為に彼女は、学院理事長から 経営役員に抜擢されたって事で・・」聞いていた二人からは「おお、素晴らしい!」 「凄いですねぇ!」の感嘆が聴かれた。
中条、更に続ける。「それは、本荘先生『表の顔』ですよ。確かに彼女は、技も成果も優秀だし、美貌度も相当なもんだ。ここにいる 3人、もしもお会いすりゃ、直ぐ陰で芳しくねぇ事を考え出すでしょうね」宮城と永野は、顔を見合わせて苦笑いである。「しか~し!」
「中条、さっきも言ったろ?」笑顔で窘(たしな)める様に、宮城が言った。「何もリキ入れる必要なんかねぇんだよ。肩の力抜いて そのままの感じで続けるんだ。それこそ、霞が関の役人が 国会で答弁するみたく、淡々とやりゃ良いんだよ」 「ど~も済いません!そいじゃ、ちと冷やし気味にお話ししますわな」詫びて頭を下げる中条も、苦笑している。傍らの永野も「それで良いですよ」と言いたげに、縦に頷いて見せる。
中条の話は続く。「その『養護主任』の方が ちと問題でして。学院本校舎の上階に、養護課があるんですが、診察室の奥に隠し部屋があって、寝泊まりできる様になってるらしいですね。学院理事長の筋から聞いた話じゃ、表向きは 遅くなった時や 兼任の病院勤務と勤務時間が重なって余裕がない時とか、学会の用件で 集中して論文に取り組む必要がある時なんかに備えての設備らしいんですが、もう一つ 裏の目的があるやに聞いてまして・・」
「おい中条・・」宮城が言った。「本荘先生、まさかそこを 男子学院生に手出しする為に使ってるってんじゃねぇだろうな?」 「宮城さん、そのご想像 お見事です!」中条は、落ち着いて返した。宮城「ハハ、そういう事だったか。所謂『童貞喰い』だな。いやさ、病院や学校の養護室なんかでの その手のスケベネタは時々耳にする事があったんだが、やっぱりその線があるって事だな。永野君は知ってたかね?」 「ええ、正直言いまして、自分も『それらしい』事を小耳に挟む位は、覚えがありまして・・」語尾を濁しながらも、彼はそう返事をした。数分の後・・
「永野君、長くなって悪かったな。明日午後は面倒かけるが、宜しくです!」宮城に声をかけられた永野「いいえ、こちらこそ 有難うございます!明日午後は、そういう段取りで伺います。では、今日はこれで・・」永野、宮城と中条に一礼して辞す。「俺も感謝だ。永ちゃん、気をつけて!」 「はい!こちらこそ。お互いに・・失礼します!」ベンチから遠ざかり、再び乗り込み発進して行く永野車を見送りながら、宮城は言った。
「まあ長くても一週間は行かねぇと思う。見舞いについては、お前に任せる。後は、この犬共を一時預けるか、ウチに置いて 家内や社の者に世話さすか、今考え中なんだ」 中条「なる程ね。ワンコにとって どっちが良いかはよう分からんですが、御社業を考えると、一時他に預けた方が、彼たちにも気分転換になって それはそれで良いかもですね」 「ああ。それでだな、中条・・」 「はい・・」
宮城は続けた。「一案として 考え中なんだが、実は 俺の愛犬仲間で お前の居所の近くに 古くからの商家があってな。松下家っていうんだ。屋号は『松乃家(まつのや)』な。そこの主人二代と ちょっとだけ親しくてさ。詳しくは 今夜決めようと思うんだが、そこへこの三匹を預ける線も、或いはあるかもな」 「ハハハ、そうですか・・」中条は 苦笑・・というか失笑を余儀なくされた。「松乃家」と言えば、もうモロ中条の居所斜め向かいの 四季折々にその屋上に、躾(しつけ)の悪い飼い犬「マル」が現れては騒ぎ立てる あの商家ではないか。
「宮城さん・・」中条は呟いた。「うん、何かい?」宮城が返すと。『松乃家』さんと言や、マジで俺んとこのごく近所ですね!」 聞いた宮城「ああ、アハハ・・分かってくれたか?」 「直ぐ分かりましたよ。まあどっちかって言や、預かりのねぇ事を祈りてぇですが、どうしてもなら、仕様(しゃあ)ねぇですね・・」 「分かってくれて、有難とよ。どっちにせよ、決まったら 連絡はしてやるよ」 午前は降っていた雨が止んだ後、消え始めた雲間から、虹がチラ見えする空であった。
中条「ああ、そりゃ・・くれぐれも宜しくお願いします!」 宮城「分かった。・・てとこで、俺も事務(デスク)の雑用が溜まっとるから、処理しに帰るわ」 「分かりやした。俺ももう一か所買い物があるんで、これで。どうかお気をつけて。今日はお会いできて良かったですよ!」 「うんうん、有難とよ。又病院ででも・・」こう区切ると、宮城は立ち上がって自転車を押しながら、ゆっくり歩道へと進みだす。連れ犬三匹が、整然と一列縦隊で続き始めたのは、ちょっと驚きであった。「躾が良いのか悪いのか、よう分からんな・・」というのが、中条の素直な感触であった。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 伊東 紅
野呂一生さんの今回楽曲「ルック・アット・ザ・レインボウ(Look at The Rainbow)」下記タイトルです。
Look at The Rainbow