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ちょっと入淫 第3話「北進」

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「そうかよ・・あの一家と宮城さん、顔見知りだったとはなぁ。犬繋がりたぁ言っても『世間は狭い』たぁ、この事か・・?」暫くぶりの、学生時分の先輩と再会を果たした夜、勤務先でもある妹夫婦宅での夕食に便乗の後 居所に帰った中条は、寝酒のグラスを手に TV番組をチェックしながら そう呟いた。「あの一家」とは、前回も記した 彼の視界から斜め向かいに位置する 松下家。店の屋号は「松乃家(まつのや)」である。

その一家の 困った愛犬「マル」は、その朝も 大いに吠え 目覚ましの役目を果たしたのだが、原因となった出来事に 先に気付いたのは中条の方であった。曇り日のこの朝 6am過ぎに起床した彼は、日課の茹で卵とコーヒーを用意の傍ら 何気に出窓からヴェランダに出た折、その芳しからぬ光景を目にしたのである。

「ハハハ、こりゃ拙(まず)いぞぉ・・」階下・玄関周りの有り様に目を遣りながら、彼は呟く。近所の住人らしい初老の男が、あろう事か 中型雑種の連れ犬に、粗相をさせているのだ。「ここで現れて吠えにゃ、本当のアホだよな・・」呟いたに続き、やや大き目に声を上げてみる事にした。まあ「マル」が気づくか否かはとも角として、一応は由緒あるであろう 商家の玄関傍で、連れ犬に粗相をさせる様な 不埒な散歩人への牽制位にはなり得るべくするつもりだ。

「おい、オマル!」とりあえず、男は叫んだ。そして「悔しかったら、部屋から出て来い!」と やった。外来種「パピヨン」の この犬の名は「マル」のはずだが、しばしばこの商家の屋上で 粗相をやらかす実態を、嫌という程見せつけられている中条は こいつをこう呼んだ・・というより、呼ばざるを得なくなったのが正直な所だろう。件(くだん)の散歩男は、聞こえないふりをしている風にも見られるが。

果たして、反応はあった。階下から、物凄い勢いで 動物らしい何かが駆け上がって来る気配が、離れた所にいる中条にも感じられた。そして・・「ワン、ワンワン!ワォォォ~ン!」明らかに猛(たけ)った「マル」が、いきなり「ヒラリ!」と 男の視界に躍り込むや否や、階下でうろたえるかに見える散歩人めがけ 激しい咆哮をくれてやる。けたたましい出方に、家人たちも気がついた様だ。

「何しとる、ゴルァ~ッ!」玄関に現れたは、身長は己よりやや高め、剃り上げたスキン・ヘッドと屈強さが印象的な若旦那の様だ。「若い」とは言っても、齢(よわい)は 40に近い位だろう。「済いません。始末します・・」平謝りしながら、初老男は 己の犬の不始末にアタフタと対応し、その場を後に。「二度と来るなや!」若旦那らしい男は、遠ざかる散歩人に もう一度罵声を浴びせた。「当然だろうが・・」中条は呟いた。「当然の事やが、オマルも たまにゃ好い仕事するやんか・・」犬が不心得者を遠ざけ、ささやかな気分転換ができた所で、一日の活力の為の 朝食。

一旦場面は変わる。同じ日の午前、南方の M県下の漁村から、最寄りの JR駅「北紀長島」へ向け、カーヴの多い県道を行く 一台の軽自動車があった。N市へ向け 出かけんとする 女と若者が乗る、イエローのスズキ・アルト。運転は 長島中央病院の看護師 瀬野美波(せの・みなみ)、助手席に同乗は 以前の入院で世話になった、今は N市の私立中高一貫校に通う 豊野 豊(とよの・ゆたか)である。

この日朝、豊は母の緑に「今日は、駅まで歩くから。父さんも忙しそうだしさ」そう言って、実家を後にしたのだった。父の樹(いつき)は 漁協の用事で既に出かけ、母も祖父の兵衛(ひょうえ)、それに弟妹(ていまい)も「そういう事なら、気をつけて行っといで」と、玄関までの見送りとなった次第。淡色ポロシャツにジーンズ、それと揃いの様なカラーのウォーキングを着け、やや大き目の濃色リュックを負い、門外へ。

もうお分かりだろうが、実は この方が、彼にとっては好都合だったのだ。出かける前夜、N市への往路を共にする美波と、実家から駅への途中で落合う様 連絡し合っていた。そして、実家の建家(たてや)が初めて見えなくなる三叉路の近くで 二人は合流したのだった。

「お早うございます、宜しくお願いします!」「お早う、こちらこそ宜しくね」豊の実家方面からの側道が、県道と合流する三叉路から少し JR北紀長島(ほっき・ながしま)駅寄りに進んだ、広めの路肩で美波の駆る車が停まり、先着の豊を 助手席に拾う。リュックのストラップを解き始めていた彼は、美波に一言の上 後方に積み込み。リアドア、それに乗降ドアを閉じ シート・ベルトを締め、出発。

「待ったかしら?」「あ、いえいえ・・お気にしないで。ホントについさっきですから・・」に始まり、夏休み前半の出来事などにざっと触れたりする内 ものの数分で駅傍へ。いつも列車への乗り継ぎの折に使う 無料の駐車場に入り、荷下ろしと車を施錠の上、駅の待合へと入ったのが 10:15am頃。美波の手荷物は、濃色で中庸のキャリー・バッグが一つ。列車が出るのは、これから 10分後の予定だ。

「美波さん・・」豊が切り出す。「うん、何?」彼女が返すと「落ち着いて、好い感じですね・・」「ハハ、有難う・・」ホントに落ち着いた返事。この日の美波、出先にての研修や 医療関係会合出席に備えた 濃色のサマー・スーツ上下に同色のローヒールという装い。魅惑の黒髪も、機能的にまとめ上げている。膝丈のスカートは、勿論清楚なタイトだ。この時、豊は別の想いを抱き始めていた。正直 余り芳しくないそれだ。もう何度か、深い関係を持った相手だが、その様な時の「全裸や 緩い着衣も昂奮するけど、こうした隙のない装いの この女性(ひと)も、素敵だ・・」

列車が出るまで、後僅かとなった。改札に立つ駅員の案内に、美波と豊はプラット・フォームへ。程なく N市へ向かう上り特急「紀伊4号」が現れた。この前に、朝方発つ「紀伊2号」もあるが、日帰りの用務客などで しばしば混み合う事があり「なるべく、ゆったり行きたいわ」との 美波の希望もあって、この便に決めたという事だった。この春 上級生 阿久比 周(あぐい・あまね)と共に乗った、最後尾 4号車の 山側最後列である。

10:25am 時刻表通りの出発。春の時は、見送ってくれた美波が、今は隣席にいる。その事が、豊にはほのかに嬉しかった。勿論、一方で芳しからぬ願望も萌芽し始めていた。放っておけば「男の核心」の勃起を促すアレだ。「あの・・」着席の時、彼女は 少し焦った様にこう言った。「あたしね。トイレの心配があるから、廊下の傍が好いの。だから窓側へは、豊が座って」 「はい、有難うございます!」と応じるも、何か落ち着かない風情は、彼にも伝わっていた様だ。

集落を抜け、海沿いを離れた列車は、この先の難所「荷坂越(にさかごえ)」での速度低下(スピード・ダウン)を見越し、峠の上りにかかるまで 大いに加速して飛ばす。次の山間の停車駅「三瀬ヶ谷(みせがたに)」までは約半時である。指定席につきものの、乗務員検札は すぐ対応してくれたが、美波と担当車掌は 面識がある様だった。「ご苦労様です!今日は、ご会合ですか?」 「ええ、会合と病院の研修で、数日程 N市へ行って来る事になってね」 「そうですか、良い成果が出る事を、お祈りしてます」 「有難う。貴方たちも業務が大変でしょう。無理しないでね」 「はい、有難うございます!」 「それでね、山井(やまのい)さん・・」 「はい・・」美波は、山井という名の車掌を手招き、耳打ちした。山井「分かりました。短時間なら問題ないでしょう。それでも何かあったら、お知らせ下さい」 「有難う。分かりました・・」

車掌との会話を区切ると、美波はそれとなく、隣席の豊の様子を一瞥した。「やっぱり・・嫌らしい思考が回り始めてるわね・・」彼女の側からは、明らかにそう感じられるも、敢えて言葉にはしなかった。朝方の便とは異なり、美波たちの 4号車の乗客は、今はせいぜい 10人程。これなら、今からの企みを、何とか実行できそうだった。先程 車掌に依頼した事も、それに関連しての事だろう。

美波は言った。「豊・・」 「はい・・」彼が返すと「あたしね、ちょっと気分が優れないから、ちょっとの間 化粧室(トイレ)に行って来るけど、少しおいて 念の為に 君にも来て欲しいの。ホント、ちょっとの間だからね」 「はい、分かりました。では、少し後に行きますから・・」豊の返事を聞き届け、美波は静かに 化粧室へと立った。暫く後・・

なるべく周囲の注目を集めない様 豊もさりげなく席を立ち、乗降口(デッキ)を挟んだ化粧室へと向かう。客席とを仕切る扉が自動で閉ざされると、次には化粧室の扉が入れ替わりに開いた。「豊、こっちよ!」小声で呼ぶ声は、紛れもなく美波だ。「!」豊は驚いた。が、一方で 己も驚く程 落ち着いていた。「はい、只今・・」周囲に目を配りながら、慎重に化粧室へ。近頃のこの手の設備は、車椅子がそのまま出入りできる様、広めの造りになっている。少し奥まった所に位置する、洋式便器の上に 美波が座り 控えていた。

「ふふ・・」彼女は続ける。「秘密の場所へようこそ。君は、こんな事を期待してたんでしょ?」 「このスケベ!」とでも言わぬばかりに、美波が言葉を投げつけて来た。「はい、そうですね。自分も薄々期待してまして・・」笑みを浮かべ、依然落ち着いて 豊が返す。些か美波の方が苛立っている風情かも知れない。「さ、時間もないから、早めに進めようね」 「はい、ですね・・」直ぐに扉が施錠(ロック)され、便座に臥した美波と かがんで向き合う豊が、唇を合わせ始める。まだ空席が多い列車内は、相変わらす静かだ。上り勾配(こうばい)に差し掛かった列車の 線路の経点(ジョイント)を打つ走行音、トンネルに出入りする風切り音、それに 上り坂で唸りを上げる ディーゼル・エンジンの咆哮を別とすれば・・
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 蓮見クレア
野呂一生さんの今回楽曲「熱砂(Nessa)」下記タイトルです。
Nessa

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