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情事の時刻表 第1話「話題」

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「そうですか。やはり『サンコ』は慶事(おめでた)って事ですかい?」 「うん、まあな。ちょっと前、人間で言う『つわり』みてぇな症状があってさ、食欲も今一だったんで 初めは夏バテかとも思ったんだが・・」 「はい・・」 「知り合いの 近所の獣医に診てもらったら、ほぼ間違いねぇってよ」 「なる程。するってぇと、やはりあの時『オマル』と交わったのが『一発必中』だった訳ですな・・」 「そんなとこだよ。お前、そういう話 好きだろが?」 「あ いやいや、まさかねぇ・・」

10月最初の土曜 雨の午後。この日、午前中に仕事を区切った N市副都心の金盛(かなもり)公園から遠くない所に居を構える リサイクル関連企業主 宮城一路(みやぎ・いちろ)は、学生時分の一年後輩で同じ市内の内装関連企業役員 中条 新(なかじょう・しん)と、己の愛犬の一匹に訪れた慶事の事で 各々ホット・コーヒーと豆チャームをお伴に談笑中であった。場所は公園の北詰め。普段は愛犬たちを伴って、空き缶回収の古びた自転車で 仕事の合間や土曜午後などに立ち寄る宮城だったが、降雨とかの日は この些かレトロがかった古っぽい店で、徒歩での往来などの折に息抜きをしていたのだ。

店内は 30席足らずで、四十代後半に差し掛かった 宮城や中条より五つ六つ年長らしい 岡原 温(おかはら・ぬくみ)という、二人よりやや小柄な男が、夫人と共に回していた。毎週月曜が休業で、それが分っている宮城は、夕方など 時折岡原と買い物などに出る事もあった。中条との会話に戻ると、話題の愛犬「サンコ」の慶事は その年の夏 宮城が短期入院の折、犬繋がりの知人たる 中条の居所傍の商家「松乃家(まつのや)」に犬共を預けた時、「サンコ」が同じパピヨン種の飼い犬「マル」と交わったらしいのがきっかけだった様だ。

実は中条は「マル」の躾(しつけ)が芳しくない事に閉口していた。以前にも触れた事につき 簡単に復習しておくと、分譲マンション 7Fが居所の 中条の眼下に「松乃家」の鉄筋社屋が建ち、その屋上に日夜「マル」が出没しては 彼の言う「放屁」の様に甲高い咆哮や 階下を行く通行人や連れ犬への威嚇、更に家人の目を盗んでの 屋上やヴェランダでの粗相などなど、まあ本当の「放し飼い」状態にあきれ果てている風情。為に彼は「マル」の事を、便器を意味する「オマル」と揶揄していたのだ。

「まあ、一応『慶事』かなってとこですよね・・」中条は、湿っぽく反応した。そして「相手がね、あのアホでなければ 俺も素直に喜べるんですが・・」と続けた。聞いた宮城は「お前の気持ちも何となく分かる。確かに『マル』の躾(しつけ)は今一だしさ。だがまあ、起きてしまった事ぁ仕方がねぇ。実は俺も、夏に入院する時さ、松乃家の大旦那から『マルが盛(さか)ってるらしいぞ』てな話は聞いてた訳よ」

「なる程ね。一定は可能性をご存知だったんだ・・」  「そういう事さね。もう話したと思うが、アイツも一応は由緒あるパピヨン種の血統だっていうしさ。なあ中条、これが得体の知れねぇ雑種とかだったら 俺は『松乃家』の松下さんちに預けずに『サンコ』だけでも別預けにしたはずだてば!」 「ええ・・ですね」生返事をしながら、中条は「ホントはそうすべきじゃなかったのか?」と、内心で宮城を問い糾していた。「何、あのアホが親父だとぉ?とんでもねぇ事ですよ!」と怒鳴りたくなるのが本音であった。

もう一つ、中条の心には引っかかるものがあった。その年の夏 二度に亘り 彼のもとを訪れた、大坂に住み 彼の勤務先の取引先でもある建装会社々長令嬢 木下由香・由紀の女子大生姉妹の事だ。この日の話題、パピヨンの雌犬「サンコ」懐妊のきっかけとも言える 同種の雄「マル」との交わり画像を押えて知らせたのは、妹の由紀だった。

後背位(バック)で「サンコ」にのしかかり、(恐らくは)屹立怒張した赤い竿を「がっつり」とその「女陰」に繋いで「ハッ、ハッ!」と息を荒げる「マル」の有様は、忘れ難いものだ。盆明け 二度目の来訪をした折、帰宅する姉妹を見送れなかった中条は、その後 SNSなどのやり取りを通じ「もしもだぞ。『サンコ』がおめでたなら、子犬欲しいか?」と問うと 「勿論!あの可愛いサンコちゃんとマルちゃんのお子なら、是非是非!」の、強く鋭い答えを得ていたのである。

「しかしなぁ・・」そんな問いを発し 答えを得ながらも、この男はまだ逡巡していた。「確かによ、宮城さんと松下さんが拒否すりゃこの話はねぇ事になる。だが多分、少なくとも一匹は OKになるだろう。そうなったらだぞ、生まれて来る子犬は 俺的には『アホの子』なんだよな。そんな輩を、あの麗しの姉妹に まんま渡して良いやら悪いやら・・?」 宮城との、次の会話に迷っている間に 店の玄関ドアが開く気配がした。

「いらっしゃいませ。ああ、永野さん お疲れ様です!」応対した岡原夫人が Sタクシー主任運転手 永野 光(ながの・ひかる)の名を告げる。「宮城社長、中条常務、日頃はお世話様です!」きっちりした挨拶を以て、永野が宮城たちの席に寄って来た。「おー、永ちゃんもご苦労様!まあ座れ」二人も応じ、中条の隣席を勧める。永野は従い、席に着いた。

「今までさ・・」宮城が切り出す。「はい・・」永野が返すと 「もう知ってくれてるだろうが、俺の犬共の内『サンコ』の妊娠が分かったんだ。先月末辺りまでは『つわり』みてぇのとかがあって ちと心配だったんだが、今は落ち着いてる。その事でさ、中条ともちょいと話をしてたってとこだよ」 「そうですか、それはおめでとうございます!」永野は、素直に祝意を伝えた。

「まあさぁ永ちゃん、聞いてくれ」呆れ顔で、中条が後を引き取った。「はい、伺います」永野の返事を確かめ、彼は続けた。「慶事(おめでた)は好いんだが、相手が悪い。何せ 貴方も知ってるあの『アホのオマル』だからなぁ!」 「そうですか。まあ『マル』のどうだかは 自分じゃ何とも言えませんが、新しい命の誕生は 皆さんで祝っても良いんじゃと思いますが・・」 「永野君、上手い事言うなぁ・・!」とでも言いだけに、宮城も笑いながら聞いている。

「それでさぁ・・」中条が続けた。永野「はい・・」 中条「もう一つの件、知ってるよな。夏に俺んとこ来てくれた、美人の木下姉妹の事さね」 「ああ、存じてますよ。『サンコ』の慶事の折には、お子を一匹は頂きたいって件ですよね」 「そう、それだよ。俺はさぁ、種族的には同じ『パピヨン』だから問題ねぇとは思うんだが どうだ?俺んちの傍での、あの『オマル』の行状見てるとさ、どうも今一勧める気にならなくてな・・」

聞いた永野は「まあ、お気持ちは何となく分かりますよ。自分も『マル』のあの有様を見て、ちょっと気が退けるものがあるのは事実です。でも姉妹さんは『そこは必ず躾けてご覧に入れます!』て仰ってたし、もう大人なんですから そこは彼女たちの責任感に期待なさってはどうでしょう?」 聞いた中条は「う~ん、昔あった面白(おもろ)い歌じゃねぇが・・」と返し、その一節を歌い返した。表題は彼も忘れたが、喜劇俳優でもあった 故・植木 等が面白おかしく歌っていたそれだ。

「一言文句を言う前に それお袋さん それお袋さん アンタの娘を信じなさい それ信じなさい それ信じなさい・・♪」と。

「ああ、正にそれです。自分もタイトル知りませんが、随分昔の歌ですよね」笑いながら、永野が反応した。「分かってくれて有難とよ。歌ってる内に、俺も信じようかなって気になったりしてなぁ・・」こう言うと、宮城と永野も声を上げて笑った。その間にも、中条の脳裏には、半裸で彼の周りを舞い、熱く深く交わった姉妹の麗姿が しきりに去来したものだ。

「さて、所でな・・」笑いが区切られたのを見計らって、宮城が言った。「はい、聞きましょう」中条と永野は、乗り出す様に 宮城に注目した。それを認めた彼は「『サンコ』の症状が落ち着くのを待って、先日 病院を受診して来た。結果は・・」 「はい・・」 「お蔭さんで、特に悪化した様子はなかった。しかしだ・・」 「はい、伺います」 「俺の主治医の 本荘小町(ほんじょう・こまち)先生の事で、あらぬ情報が入ったのだ。これは、お前たちにも聞かせた方が良いと思ってな」 「分かりました。続けて下さい」隣り同士の中条と永野は、少し硬くなった様子で反応している。「よし、それじゃ・・」宮城は、静かに切り出した。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 めぐり
今回の「音」リンク 「バード・オブ・パッセージ(Bird of Passege)」 by渡辺貞夫 (下記タイトル)
Bird of Passege

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