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情事の時刻表 第2話「小声」

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雨降る秋の午後、馴染みの古びた喫茶店で、三人の男たち 宮城、中条、永野の 声を落とした静かな話が続く。店内の客は十余人で、さほど混み合っている訳ではない。気心の知れた 個人の会話には好いかも知れない。「そいじゃ・・」と、宮城が切り出す。

「はい、聞きましょう」 中条と永野は 一瞬姿勢を正した。宮城「まあまあ、そんな固まる必要はねぇよ。雑談にゃ違ぇねぇから、そんな感じで聞きゃいいんだ」 「分かりやした」 「心得ました」 「それでな・・」 「はい・・」 宮城の声は、外から聞こえる雨音と同レベルまで下げられた。時折出入りする客との 岡原夫妻の挨拶とかが聴こえるだけだ。

宮城は続けた。「この前の検査の時さ、俺が小町先生から直に聞いたんで まあ間違ぇねぇだろうが、来月の初めにさ、小町先生と 看護師の瀬野美波(せの・みなみ)ちゃんのコラボが、又実現しそうだってさ」 「ああ、あの事ですね。又タダでは済まなそうな感じですな」中条が、直ぐに反応した。

「瀬野さんは、又こちらに来られるんですか?」永野が訊くと、宮城「いや それがさ、どうも先生の方が出張されるみてぇなのよ。そいでだな、今 ここの南隣 M県の 美波ちゃんのいる病院で、現地の男たち向けに、出張健診をするらしいんだが、ついでに ある大声では言えん検査も含まれとる可能性がある・・と俺は見たんだが」 「ハハ、なる程ね・・」

相槌を打った中条には、覚えがあった。前の年だったと思うが、小町が養護主任を務める総合予備校での 表向きは甥の指導についての話の所が、なりゆきで「夜の行為」まで進んだ事があったのだ。「想えば、あの時も熱かったよなぁ。その一方で『あの技』も素晴らしかった。流石(さすが)医者だと思ったぜ!」などと少しずつ思い出す彼であった。

「確かに・・」と、中条は呟く様に言った。「小町先生なら、可能性はありますな。・・と言っても、(総合予備校)佐分利学院の養護室じゃ 院内に顔利く先生でも足がつき易い。それで たまにゃ場所替えて、美波さんの勤務先の病院辺りで又やろうって事ですかね。そんな理解で良いのかな?」

「まあ、そんな理解で良いんじゃねぇかな。後は一体、何人の現地の男たちが関わるかって事だが。美波ちゃんもいるけど、幾ら何でも 先生がやった様な無茶はさせんと思うんだが・・」 「宮城社長、その辺は 自分も聞いた事がありまして・・」今度は、ここまで静かに二人の会話を聞いていた永野が反応した。

「ハハ、やっぱりさ 永野君とこへも聞こえて行ってた様だな!まぁ貴方は立場上、自ら話題にはできんだろうが・・」 「・・ですね。今日は 宮城社長と中条常務との三人だけですから、必要なら話題にしても良いかなって所ですね」 「ああ、分かる分かる。知ってても、この手の話題は取り扱い注意だからな。それを踏まえた上で・・」 「はい・・」 「小町先生の出張は、やはり半分は『男』かなぁ、なんて思う訳よ」 「・・ですね。それはありそうだ」 「な。まあ中条に永野君と三人だけだから、こんな話をした訳だが・・」 「あ、いや お耳に入れて下さり有難うございます。もしも必要なら、俺たちも動けるし。なぁ、永ちゃん!」 「そうですね。自分もその時は、上手く動ける様にしたいですし・・」

一旦、数秒に亘り 三人の会話が途切れ、静寂が挟まる。それから永野が「所で、本荘先生ご出張の日取りっていつなんでしょう?」と訊いた。宮城は「それはね・・」と一呼吸置き それから「11月最初の連休だって聞いてるぞ。11/3金曜が、午前移動日で 午後現地の病院で打ち合わせらしい。11/4の土曜一日で健診、翌 11/5の日曜朝方が総括会合で 午後帰って来るって感じ・・かな」

「なる程ね。そうか、間に土曜日の挟まる三連休にやるつもりか。現地の男たちは、健康そのものの 屈強なヤツばかりでしょう。小町先生の狙いが、今から見える様ですわ」中条がそう返すと、傍らで聞いていた永野もはっきりと頷いた。そして「恐れながら社長、先生がお発ちの前に、もう一度通院されるんじゃありませんか?」

「流石やなぁ、永野君!」宮城が 笑って返した。「まだ間があるけど、この事で一度 先生を追及するってのも面白(おも)ろそうだな。二人も、ちっとは分かると思うが・・」 聞いた中条「はい。まあ何となくレベルじゃあるけど、現地でどんな展開になりそうかって事位は 何とかね・・」 宮城「ほう、そいじゃ今から その辺をざっとでええから聞かせてくれんかね。永野君は、時間はまだ良いんか?」 「はい、後少しなら OKです」永野は、一言で答えた。

「詳しくまでは、まだ言えねぇですがね・・」宮城の この日の出方に倣う様に、中条も 二人の表情にざっと目を配りながら、静かに切り出した。「ご存じの様に、日中は 普通の診察や問診と大体同じかなってとこですが・・」 宮城「うんうん」 永野「はい、続いて伺います」 中条は「それじゃ・・」という感じで続けた。

「各位 既にお気づきの様に、その出張の肝って言うか核心は むしろ夜の方でしょうな。これは俺の邪推も入りはしますが・・」 宮城「そんな事ぁ分かっとる。余り考えねぇで続けりゃいいよ」 「そいつは有難うございます。ならばお言葉に甘えます」中条は、軽く会釈して続ける。傍らで聞く永野も「是非そうされるべき」という風情で頷いた。

「その『肝』の事です。こっちの鵜方病院みたく、大声で言えねぇ行為に対応できる部屋があったりして、受診した男たちの何人かがそっちへ行き そこで先生と濃い行為に及んだりすんじゃねぇかって想像するんです。まあこれには、もしかすると 美波さんとかも関わるかもってレベルかも知れんですが・・」

「ハハ中条・・」聞いた宮城は笑って続けた。「お前も、考える事は 大体俺と同じたな。この前の通院の時に、その出張の考えを先生から聞いてさ『ああ、こりゃ又 何かあるな』って、嫌でも感じたって訳でさ」 「そうですか。まあある意味 楽しみでもありますがね」中条はそう反応し、永野も頷いた。

そうこうして、談笑が一区切りされる頃には 小一時間が経っていた。宮城が「まだまだ喋りてぇとこだが・・」の後「そろそろ永野君が時間だからな」と続けた。「社長も、もうお帰りですか?」と永野が訊くと「ああ、まあね。こんな天気だし、帰りゃ 何やかや雑用があってな」 「そうですか。近場ですから、お宅まで回ります。メーターはなしって事で・・」

「永野君、それは違うぞ」宮城の語調が、急に厳しさを帯びた。「気遣いは有難ぇが、あくまで仕事としてって事だ。今ここにいるヤツらは、皆 そういう区別ができるはずだ。だから・・」 「はい・・」 「メーターはいつも通りONにしとく事だ。いいな!」 「はい、有難うございます!」 「・・てとこで、中条とはここで解散・・かな?」 「・・ですね。俺は、帰りにちょいと副都心で買い物を頼まれてまして・・」

「皆さん、毎度有難うございます!」 「こちらこそ、お世話サマー。今日もコーヒー 好い感じでしたっと!」岡原夫妻と挨拶を交わし、三人は店を辞す。「ここは、任せとけ!」割り勘を図る中条と永野を制し、宮城は全員の会計を済ます。「有難うございます!」 「ご馳走様です!」謝意を受け、傘をさしかけ 永野車の後席へ。正に解散というその時、中条が言った。

「しかしまあ、皆さん」 「はい、何ぞ?」返事を得ると 「近頃はまあ、雨情ってのが感じられなくなっちまって、困ったもんです」と続けた。聞いた宮城が「ああ、何となく分かる。お前の言う『オマル』が、こんな天気でも 近所の屋上で片足上げて小水発射でもするんだろ?」 「はい、その通り!」三人は、雨の下で笑顔を交わした。勿論、失笑だが・・
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 湊 莉久
今回の「音」リンク 「グッド・ルッキング(Good Looking)」 by松岡直也 (故人・ご冥福をお祈りします。下記タイトル)
Good Looking

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