情事の時刻表 第37話「月夜」
- 2019/03/13
- 21:53

11/3から 5の金曜祝日から日曜にかけての三連休、M県北紀地方は 11月とは思えぬ 温暖で穏やかな気候に恵まれた。3日間全て晴天、朝方の最低気温も 15℃以上。日中の最高気温に至っては 25℃近くまで上がり、夏日に迫る陽気であった。大声では語れぬ「特別健診」を無事終えた女医・小町と看護師・美波は、病院下階の事務室応接間で暫しの雑談だ。
美波「小町先生、検診お疲れ様です。中身は大声じゃ言えないけど、無事済んで あたしもホッとしてますわ」 小町「はい、貴女もお疲れサマー。『ホッとする‥』ね、分かります」ニヤリと笑みを浮かべ返した。「ホントにもう・・」内心で、美波は想った。「呆れた女だわ。お越しの前から 直感で『普通じゃない科目もありね』て思ったけど、一度に 3人相手にするとは恐れ入ったわ・・」 その一方で笑顔は絶やさず「今夜の懇親会、ゆっくりお楽しみ下さいな。あたしはそれ、途中でご無礼のやむなきですけど・・」
この「途中でご無礼」の意味は、小町も分かっていた。病院に隣接した 町のコミセン広間にての懇親会は 5pmスタートの予定。病院上部の関係者の他、町長以下 町役場や漁協の主な面々も加わり、総勢は 30人位だろうか。会は概ね 2H位の予定だが、美波は冒頭の 1Hのみ同席する事になっている。その後は 帰省している知人の高校生・豊と、前日からこの土地に入っている初美と中条の計 3人と落ち合う手筈となっていた。
この件につき、小町が軽く触れて来た。「所でさぁ、美波ちゃん・・」 「はい先生、この後の件ですよね・・」美波が返すと 「そうそう。豊はこの前、あたしか呼んでざっと話しておいたから 分かってくれてるはずだわ。(中条)新さんは、豊とあたしの後追いで この町へ入る途中に SMSであらましは伝えといた。今夜は空けておく様に言っておいたから、彼も分かってるはず」
美波「分かりました。中条さんには、今からもう一度連絡して 行き違いとかがない様に手立てしましょう。後は 豊ともう一度連絡ね。彼には、夜に船を出してもらう必要もあるしね」 小町「あぁ・・それ、聞いたわ。彼、操船は確かなのかしら?」 「ええ。これまで親元へ帰った折に、何度か船で夜釣りに出た事があるんですって。小型だけど 船舶免許を取ってもう 2年目だし、一応腕は確かでしょう。後は、彼のお祖父様がお持ちの離れ小島での展開が楽しみね」 「あぁ、あはは。まぁ、そんなとこですね・・」同じ年の春先、豊、そして彼の予備校上級生 阿久比 周(あぐい・あまね)の 3人で持った「秘密の会合」を思い出しながら、美波は曖昧に応じた。
小町の「特別健診」があった同じ日、中条は 初美を伴い、北紀町から更に南の K灘の海岸へと往復していた。名勝「鬼ヶ城」を一巡りの後「七里御浜」と呼ばれる長い海岸を暫し散策。これで初美も、普段のストレスをかなり緩和できた様だった。宿から紹介された海鮮処での昼食を挟み、僅かな間 世界遺産に推された「熊野古道」の一部をチラリと覗き、夕方前 宿へと帰って来たが、その途中 美波からの LINEを受信したのであった。
「中条さん、瀬野です。海沿いは素敵だったかしら?」 「有難うございます。お話通り、素晴らしかったです。初美も喜んでまして」 「まぁ、良かった。お天気も良くて何よりです。でも・・」 「はい・・」 「夜の海は、もっと素敵ですよ」 「あぁ、夜ね。楽しみですな。漆黒の海に、漁船の灯りがポツポツなんて図は、俺も好きでして・・」 「そうですか。良いですよね。そのお言葉、きっと叶うと思うわ」 「そりゃ良い。宜しく、お願いします!」 「了解、任せて下さい!それでね・・」
そんなやり取りを経て 美波は初美と中条に、夕食を早めに済ます事と 酒気を取らぬ様求め、了解を得た。己も同席する 小町の懇親会は 6pm頃離れるつもりだ。ざっとシャワーを使い、簡単に用意をして 7pm前には宿に迎えに行けるだろう。美波の軽自動車「スズキ・アルト」には豊も乗るが、どうせ全員手回り品は多くない。定員が乗るに支障はないだろう。
「・・て事で、中条さん」美波は区切りにかかる。「お宿には 7pmに伺えると思います。それに合わせて、初美さんも出かけられる様にして下さるかしら?」 「分かりやした。それじゃ、その段取りでこちらも動きます。初美にもそう伝えときますから」 「はい、宜しくお願いします」 ひとまず、交信終わり。K市から乗った JR紀勢東線の列車が、正に北紀長島駅に滑り込もうとする所であった。
「随分かかったじゃないの。誰?お相手は」駅前に迎えに出ていた宿のワン・ボックス車に乗り換えると、直ぐに初美が訊いてきた。中条は「あぁ悪い。昨日も世話なった、看護師の 瀬野美波さんだよ。この後の予定を教えてもらったんだが 7pmに、俺たちの宿に迎えに来られるんだと。んで、それまでに風呂と夕飯を済ませといてくれだってよ」
初美、それを聞き「ふぅん、ちょっと慌ただしいわね。でもまぁ良いわ。夜のお出かけも面白そうだし」と返した。中条は「あぁ。まぁそんなふうに取っといてくれりゃ 間違ぇねぇだろうな」と応じた。北紀長島駅から宿までは、車ならものの数分。それこそ一走りの距離だが、その短い行程で愛でられる海辺の車窓も 又二人を魅了した。
2日目のこの日は 水入らずの内風呂を楽しみ、前日とは少し異なる海鮮メインの 早めの夕食。酒気が嗜めないのが、中条にとっては残念だったが。宿の面々の周到な用意もあって、予定より早めの終了となった。「さてと・・」腹が落ち着いた所で中条が言った。「特に 着て行くモンって、気にしなくて良いんだよな・・」
聞いた初美は「まぁ、それで良いんじゃないかしら。今日着てった、上シャツや上着にジーンズでも良いだろうし。まぁ、あたしは替えるけどね」中条が「替えるか、そうか。そりゃ楽しみだな。日中はパンツ・ルックだったから、夜はもしかして スカート・・かな?」と訊くと「あっ、嫌らしいわね!でも、ちょっとなら期待して良いわよ」そう返し笑った。
結局 中条が日中 K市の海辺へ往復したと同じ上下の服装に落ち着いたに対し、初美の方は 下方のみフレアの膝丈スカートに替えて出かける事になった。丈夫さをも備えた、デニムかジーンズ地らしい。「まず不要とは思うけどな」とは言いながら、中条は海パンも所持品の中に忍ばせた。
「今晩は。お待たせしました!」「お晩です。宜しく!」時計が 7pmにかかる寸前、美波と豊が乗った イエロー・カラーの軽自動車が姿を現した。「今夜は、素敵なお月様ね」初美か美波か どちらからともなくそんな言葉が発せられる。「そうやね~、特に海の水面(みなも)に光がこぼれた感じがよろしな~!」中条が反応した。
「皆さん今晩は。いや、有難うございます。今夜みたいに素晴らしい月は、ここに住んでても中々見られませんで・・」ここまで助手席にいた豊が、挨拶を兼ねてこう言った。「やっぱりそうか。・・だろうな。ホント、俺がこれまで見た中でも一、二を争う見事さだよ」中条が真面目に反応し、宿のオーナー夫妻も笑顔で頷き返した。
「さぁ、それじゃ 行きましょうか」美波、先に運転席に着き あとの 3人に乗車を促す。申し合わせた様に 中条が助手席、初美が上席に当たる後席右側、豊が左側に着いた。宿の人々には、日付が替わる頃には戻る予定を伝えている。軽い会釈を交わし、車は宵闇へと分け入って行く。
中条たちの泊まる宿から、豊や彼の親元の漁船が居る港まで 10分程。「皆さん、いいかしら?これからちょっとの間、お月様の下で航海(クルーズ)よ」「あぁ、いやいや。航海なんて大袈裟なもんじゃありませんよ。余りご期待にならない方が良いでしょう」戸惑った様に 豊が返した。「お~、豊君。船に乗れるたぁホントらしいな。今夜の航海、宜しくな」その後ろで、初美も笑顔で頷く。「何が始まるのかしら?」の、一抹の不安を抱きながら。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 平林あずみ
今回の「音」リンク 「ロング・フォー・ジ・イースト(Long for The East)」 by松岡直也(下記タイトル)
Long for The East