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情事の時刻表 第63話「帰路」

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「お邪魔しました。有難うございました!」 「ハルちゃんの事、ホンマにおおきに。有難うございます!親子丼、とても美味しかったです!」 「こちらこそ!今日はお疲れ様でした。お気をつけてお帰りを!」 ようやく由香、由紀の姉妹に慣れ始め「ハル」と命名されたパピヨンの子犬を これから大坂へと向かう旅装のケージに収め、初美と中条を含む四人が「松乃屋」こと松下家を辞したのは、もう 3pmに近かった。

「もう一度、味わって欲しい」との大旦那の意向もあって、Nコーチンの照り焼きメインの折詰弁当まで振舞われたのは有難い配慮だった。「やった!これで帰りの車中でお夕飯やわ~!」と姉妹は大喜びだったが、その一方 子犬の為の離乳食の用意も忘れなかった。N市中央駅の出発は6pm。5:30pm少し前に 中条の居所を出る予定だ。姉妹が松乃家に土産で持参した京都の七味も喜ばれた様だ。

「まぁ、ちょっとの事だからさ・・」中条が言い、そして「ウチのヴェランダで、少しだけ運動させてみっか?」本当は良くないのだが、提案のつもりで続けた。聞いた姉妹は「ホンマでっか?そりゃ嬉しいな。大坂の鶴橋着くまでは 2H位缶詰やさかい、ハルもきっと喜ぶ思います~!」 「よしゃ、そういう事で・・」 EVで上階に上がると、中条は 暫しヴェランダを子犬にレンタルする事にした。

「さ、遊んどいで!」そう言ってケージのドアを開けてやると、初め不安そうに固まった風情の子犬は、慎重に外の様子を窺う様に出て来た。そう広くはないヴェランダを一渡り歩き回り、鉄パイプの格子の間から、期待と不安を入り交ぜた様に顔を出し、下方の様子を見ているという所だ。斜め向かいの「松乃屋」屋上には、これ又 父親の「マル」が姿を現している。

「ワン、ワン、ワン、ワォォ~ン!」中条の居所ヴェランダの格子から顔を出す息子に気づいたか「マル」が盛んに吠えている。それに応える様に「ハル」も 「フャン、フャン、キャイ~ン!」の様な、父親より更に甲高い啼き声で返す。流石に「暫しを超えるかも知れぬ別れ」を意識したのか、親子の咆哮の交換が小半時程続いた。

「まぁまぁ・・」と男は呟いた。「毎日なら間違いなく苦情モンだが、たかだか 1H位ぇだろ。オマルの奴も、もう息子とは生きて会えんかもだから、せいぜい犬言葉で挨拶でもしとくんだな・・おおっと!」 咆哮の合間には、中条の懸念していた一事も勃発した。「やっぱり・・」予想していた事とはいえ「ハル」がヴェランダで粗相をしたのだ。しかもご丁寧に大小共!

「あぁ伯父様、ご免なさいね!」すかさず姉妹が頭を下げ、詫びを入れる。それを笑顔で許す男。「いや何、気にすんな。予想の範囲内だよ。むしろ、帰りの列車内でなくて良かったじゃねぇか・・」とは言うものの、男の脳裏には、やはり次の様な想いがあったのも事実だった。「所詮 蛙の子は蛙って諺がある様にだな、Kuso犬の子は Kuso犬なんだよ。つまり『Kusoガキ犬』って事だ。尤も・・」 「由香ちゃん由紀ちゃんには、想ってても言えねぇけどな。この事は・・」

「さぁ皆、出かける前に一服しましょう!」姉妹と中条が居間の出窓でざわついている間に、初美がホット・コーヒーを用意した。「先生、おおきに。有難うございます!」 「初ちゃん、有難と・・」 まだ「ハル」の戯れるヴェランダを臨む居間で、四人はコーヒーと A県東郊の銘菓「うなぎパイ」でこの日最後の茶話会を。「いや、初ちゃんと俺も、夕飯の心配要らんのは良いな」と中条が言えば、由香も「ホンマにねぇ。これで帰りの車中が、俄然楽しみになりましたわぁ!」 「あたしもやわぁ。ま、余り昂奮せんと行こうな・・」と、由紀が冷静なフォローを。

由香「気遣いおおきにな。ま、大きなお世話かも知れへんけど・・」 由紀「大きなお世話で結構や。とに角な、ハルちゃんが無事にウチの門くぐるまで 気が抜けんさかいにな・・」 「あぁ、そらそうや。そこはまぁ、アンタ宜しゅう頼むでぇ!」 「分かっとる。そやけどしっかりせぇ!はお姉ちゃんの方やで。何なら荷物はあたしが持ちまひょか?」

「それなぁ・・」一呼吸おいて、由香が言った。「まぁ、近参(近畿参宮電鉄)の駅着いてから決めようやんけ。あたしゃ正直、どっちでもえぇんや。アンタが持ちたい方のもう一方でもな・・」 由紀「ほなら・・」 「何や?」 「ジャンケンで決めてもえぇか?」 「それでもえぇやろ・・」そんな言い合い、それに初美と中条も加わっての雑談を経て、1Hちょっと位は直ぐに過ぎた。

5pmを回り、辺りが暗くなって来た。「さて・・」灯りの入り始めた家々を一瞥した中条が言った。「由香ちゃんに由紀ちゃん『続きは又今度』だな。これから順に送るわ。初ちゃんは 明日の仕事の用意があるらしいし・・」 「そうなの。あたしはこれから寝るまで、ちょいとこなしておく用事があってね・・」聞いた初美が返してきた。「うんうん、有難と。つき合わせて悪かったな」 「いやまぁ、これで区切りだから丁度良いわ。松下さんちに、夕飯のお弁当も頂いちゃったしね」そう言うと、初美は悪戯っぽく笑った。「良いなぁ、あの笑った時のお顔・・」 「綺麗やわぁ・・」目を合わせた姉妹は、そう思い微笑んだ。

5:30pm少し前、暗くなった高層住宅の構内を、愛車「ニッサン・ウィングロード」に乗った「四人と一匹」は N市中央駅へと向かう。「有難うございました。良いお年を!」 「貴方たちもね!」道中で 在宅の用事を抱える初美を降ろし、三人は駅近くの駐車場ビルへ。ここからものの数分で、近参特急の出る駅プラット・フォームだ。「そいじゃまぁ、気をつけて。お家の方々にも宜しくな・・」中条はそう言い、例によって二本の缶コーヒーを渡す。「伯父様もおおきに。今度も有難うございました!お互い良いお年をね・・」 ここで姉妹は、例のジャンケン。結局 姉の由香が「ハル」の居るケージを担い、由紀は荷物のキャリー・バッグ番と相成った。

改札口からは、既に入線待機している特急「アーバンライナー・プラス」が秀麗なるも風格ある雄姿を横たえているのが見えた。姉妹は最後尾、つまり最も改札口に近い号車の「デラックス・カー」に乗り込む手筈だ。中条の推した JRの「グリーン車」に相当する上級車両で、座席も広めなら、背後にも一定の荷物を置く事が可能だ。これならケージに収まる「ハル」の事も、下車駅の鶴橋まで まぁ安心だろう。

「有難う、気をつけて。良い年を!」 「おおきに、有難うございます。伯父様もね!」型通りの挨拶を経て、姉妹と「ハル」は列車内へと消えた。日曜の夕方とあって、かなりの乗車率だ。「頼むから、粗相はなしだぞ・・」見送る男は、祈る様な気持ちだった。きっかり6pm 構内のBGMに乗って時刻表通り、特急は殆ど音もなく滑り出した。後方に並んで座る姉妹が、チラリと臨めた。恐らくケージに収まる「ハル」は、その背後辺りだろう。構内はずれの右カーヴを切り 消えて行く車影。「あぁ・・」思わず男は呟いた。「アホの子が・・Kusoガキ犬が旅立って行く。道中もだが、何とか躾けられて上手くやれや・・」その胸中は、これからのつつがなきを祈るよりも、むしろ「大丈夫か?」との懸念の方が強かった。

「宮城さん、遅くに失礼。オマルの息子は、無事姉妹さんと一緒に旅立ちましたぜ・・」 姉妹からの無事帰着の報を受け、全てが落ち着いたその夜遅く 中条は宮城に LINEを送った。程なく宮城から「おー中条、今日はご苦労。所要で昼飯顔出せんで悪かった!」の返事。「あぁ、いいえ。ご用じゃ仕様がねぇですな。無理はいけません。諸事全て 松下さんご一家が仕切って下さったんで、ワンコ関係は大丈夫ですよ」 「そりゃ有難と。後少し、やり取り良いか?」 「はい OKです」 

中条の返事を受け、宮城は続けた。「あれから時々 鵜方病院へ通院してんだが、小町先生の好き者志向は変わらん様だな」 「やっぱりそうですか。そりゃ、一朝一夕に改まらんのは分かるんですがね・・」 「そぅそぅ。まぁ男の側からすりゃ そりゃ悪い事じゃねぇから、ちょこっと楽しみながら足を洗ってもらうって感じが良いんかなぁって思う訳よ」 「何となく分かりますよ。徐々にしか好転せんって事ですよね。・・で、小町先生とはまだ行き来されてんですか?」 「あぁちょっとな。その詳しいとこは、又近く会って話そか・・」 「御意です・・」
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 跡見しゅり
今回の「音」リンク 「サファイア・スカイ(Sapphire Sky) by野呂一生(下記タイトル)
Sapphire Sky

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