レディオ・アンカーの幻影 第2話「声色(こわいろ)」
- 2019/10/10
- 20:39
「うん、とても好いな。この声・・」独居故のセミダブル・ベッドに身を横たえ、前嶋は携帯ラジオに切り替えて「ラジオ深夜館」の続きを聴いている。その夜の担当アンカー、邑井由香利(むらい・ゆかり)の声色は 女にしては僅か低めのクリアで聴き易い語りだ。音楽とインタヴュー番組の合間に現れるのも、概ねタイミングが良く 好感だ。1H毎の全国天気概況も、彼女の担当。平日の仕事の折は時に外務、土休日は写真撮りに赴く事もしばしばの彼には喜ばしかった。
「これで・・」聴きながら、前嶋は呟いた。「毎時ジャストの内外のニュースも、彼女が通しで読んでくれりゃ もっと良いんだが・・」勿論、全部がそう都合良く回る訳ではない。ここだけは、本局の各当直アナウンサーが持ち回りで担う。ただ、この所も前嶋が何年か親しんだヴェテランが読む時もあり、それが又 楽しみでもあった。
この夜の 1am代は 日頃楽しみにしている「落語選集」ではなく講談が取り上げられたが、余り関心の抱けない対談よりはマシで、何となく聞き流した。続く 2am代が、洋楽中心の「真夜中のコンサート」。この夜は「ジャズの巨人達」の回で、往年のトランペットやサキソフォンの名手、マイルス・デイヴィスやチャーリー・パーカーの曲が取り上げられるはずだ。
「さあ、どうなるか・・」前嶋は思った。時に官能的な流れをみせるジャズの旋律を聴くと、どうしても良からぬ想像をしがちなのは事実だ。つまり、そう・・己の下方の「竿」に変な快感をもたらすマッサージーを施して勃起し、その方の快感を追う「自慰行為」に走り易いという事だ。「いや、いかん・・」と、普段は抑制(セーヴ)をかけ 大抵は乗り切る前嶋だったが、この夜は自信が持てなかった。
2amのニュースが終わり、スピーカー越しに、再び由香利の声が戻ってきた。「いや、いかん・・」その一声を聴いただけで、男の下方のスイッチが入り、勃起を催す気配がした。マイルス・デイヴィス、ディジー・ガレスピー、フレディ・ハバードなとトランペット勢の曲が続き、その合間に漂う 由香利の音楽家(ミュージシャン)の経歴や録音を含む曲のデータ、背後(バック)を固めるサイド・メンの事共に触れて行く美しい声が、前嶋には「ねぇ望(のぞむ)、勃起してる?」の様に聴こえて仕方がなかったのだ。
「あぁ、由香利さん・・」トランペット勢の殿(しんがり)を務めるフレディ・ハバードの楽曲を嗜みながら、前嶋は思わず呻いた。「そんな語りされたら、お・・俺は暴発してしまう~!」先刻からパジャマのアンダーを脱ぎ下し、彼の下方はトランクスだけになっていた。勿論、彼にとっては妖艶な声を聴いた「竿」は目一杯、堅く勃起していた。決して大きくはないが、堅さには自信があった。更に昂奮を得て、その温度も上がっている様だ。
2am代の番組後半は、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンやアート・ペッパーといったサキソフォン勢が控える。「こりゃヤバい。サックスが背景じゃ、ホント始めかねんわ~・・」途中まで何とか抑えようとした前嶋だったが、そうした艶やかな旋律に乗った由香利の美声の前に、遂に制御(コントロール)を失って行くのであった。
起き上がり ベッド上に座った前嶋は、直ぐにトランクスの下の竿を連れ出して様子を視る。堅い勃起を催している事は前述したが、先端を見ると あの事の前触れの「カウパー」と呼ばれる粘液が滲み出している。「あぁ、やっぱり我慢できん。こりゃ昇らんとダメそうだ・・」勃起し硬化した亀頭に左手でマッサージをくれてやりながら、前嶋は ネットで調べた由香利のプロフを少しだけ思い出す事が叶った。
邑井由香利は、公共 N局の局アナウンサー。首都圏の某四大卒で、中学・高校時代は陸上選手の経験を持ち、国民体育大会出場の経歴もあった。その縁で 若手時代はスポーツ番組メインの取材や出演が多かった様だ。既に入局から 10年超。自称独身なるも、詳しい所は分からなかった。
もう一つは由香利の身体的特徴(プロポーション)。男なら必ず触れたがるB,W,Hの「3サイズ」は不詳だが、身長は 170cm超なので、下手をすると 170cm弱の前嶋より高い位かも知れない。後は聴取者(リスナー)の想像に任される訳だが、陸上で鍛えているだろうだけに、かなりの美脚ではないか・・などと前嶋は思ったりしたものだ。
・・で、そんな事もあって 遂に男は左手で自慰に及んでいた。由香利は(番組ディレクターが選んだ受け売りかも知れないが)、この夜のコーナー最後に ジョン・コルトレーンのテナー・サックスが咆哮する曲を持って来た。「あぁ、ダメダメ!お願いだから、そんな煽る様な曲持って来ないでよ~!」そうは言っても、所詮は内心での叫びだ。前嶋の体内から一歩も出る訳ではなく、従ってスピーカーの向こうにいる由香利の耳に届く訳でもなかった。「あっ、あっ、ダメッ、も・・もぅ、イク~ッ!」曲の結末(フィニッシュ)と前後して、前嶋も絶頂に辿り着いた。
「ふぅ~・・、あ~、し、しかし・・よ、良かったぁ」心ならずも始めてしまった自慰だったが、久しぶりで心地よく昇れたのも事実だった。数日ぶりで飛び出た男精の白濁も濃く、量も多めだ。一部はシーツ上にも飛んだが、このレベルの事で動じる男ではない。「ハハ、飛ばしましたと。よしよし、そいじゃ・・」傍らのティッシュで、飛ばした粗相を入念に拭き取る。その間に、由香利の声は 全国の天気概況に移っていた。
「いやいや、これで暫くよく眠れるぞ。しかしだ・・」 3amの時報に続く 男性アナのニュースを聴きながら 前嶋は呟いた。「これから第二と第四の木曜夜・・だな。由香利さん担当の夜は、毎回穏やかじゃなくなりそうな・・。何とかしたいが、何ともならない・・か」良くないとは思いながら、前嶋は月二回訪れる木曜の夜は、暫くは成り行きに任せようかとも思い始めていた。
「後は・・」 「毎月第二と第四の木曜夜は 遅くまで飲み歩かん様にするのと、泊まりの来客がない様 調整せにゃならん。まあまず来ないだろうけどさ・・」 この夜の 3am代「日本の歌曲」は余り好感しない演歌系の歌手特集。続く 4am代も、関心薄い人物のインタヴューという構成。翌日も出番の彼だ。「私ゃお先に、失礼です・・」スピーカーの向こうで語り続ける由香利の声をフェード・アウトして、男は暫しの眠りに就く。「短いかもだが、良く眠れそうだ。後は、良い夢を・・な」
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 川上奈々美
日野皓正さんの今回楽曲「イゴーズ・ハイダウェイ(Igor's Hideaway)」下記タイトルです。
Igor's Hideaway