レディオ・アンカーの幻影 第26話「察知」
- 2020/02/04
- 22:10
由香利との「熱い夜」を過ごした週は 5月後半。日中は 30℃近い暑さになる事もあり、そろそろ冷房が恋しくなる時季に差し掛かっていた。夜間は流石(さすが)にまだ凌ぎ易く、最低気温は 18℃に届かない時が殆どだった。「そろそろ、鬱陶しい梅雨の時季が近づいたな・・」 忙しさもそれなりの本業の合間に、前嶋はふとそう思ったりもした。
あの夜の翌日は、それでもいつも通り 8:30am頃には覚醒した。普段と異なるのは、由香利の時折出入りする宿舎に邪魔していた事だった。下方を露わにしたあられもない姿で芳しからぬ夢に耽っていた所を、これ又些か乱れた衣服の彼女に促され、又も一緒の朝シャワーを経て「さあ、早めにご無礼せんといけませんね」一応、気を遣う意味で彼は声をかけた。「まだ大丈夫よ。一緒にお昼をして、適当に解散すれば良いわ」由香利は、改めての優れた笑顔で返してくれた。
由香利と共に衣服を正して 己の持ち物を全て纏めた前嶋は 9:30am少し前に宿舎を辞し、彼女を伴って ほぼ毎土休日の朝食を摂る馴染みの喫茶店へ。少し世話好きな 後半生の夫婦が切り盛りする決して洒落たとはいえない年期の入った店だったが、由香利は反って寛いでいる風情。N市を初め 中部圏では広く見られるモーニング・セットを嗜みながら、一時 当たり障りのない雑談に耽った。店主夫妻には、「学生時分の部活の恩人」と由香利を紹介しておいた。勿論、表向きは当日の日中のみ一緒するという事で。
朝がゆっくりだったので、結局昼食はなし。店を辞すと、前嶋は己の居所を簡単に由香利に紹介し、暫しの間招き入れた。簡素な茶菓を経て、東海道新幹線上り列車に乗る由香利を 昼頃 N市中央駅で見送ったが、その折彼女がスマート・フォンに彼の居住表示を入力した事に気づかなかったのは迂闊だったかも知れない。前夜の余韻はその夜も、前嶋の脳裏と想像を支配した。前夜も絶頂を迎えたにも関わらず、次の夜も 熱い余韻がしきりに勃起を促して 暫し彼を困らせた。まぁ喜ばしい困惑でもあったのだが。
週明けは、月曜夜に降雨があった他は概ね晴れの、初夏の陽気。外務を含め 相当な多忙も、本業は概ねつつがなく進む・・かに見えた。確かに顧客や他の社員を巻き込んだトラブルなどはめでたくなかったのだが、事務担当の青井 理乃との間はそうも行かなかったのだ。
5月のその週は、第 4木曜。「ラジオ深夜館」は由香利の担当日だ。番組内容に大きな不満はなく、前嶋は些かの自慰を伴いながら、ベッドに臥して聴き入っていた。この前の昂奮が再び蘇ったか、普段程には寝付けなかったが、それでも未明の 3am過ぎから 7amまでの数時間は 記憶が定かでなかった。
明けて 5/24金曜は、その週末。是非ともつつがなく業務を終え、少しでも伸び伸びとした休日へと繋ぎたい所だ。当日の午前は、概ね順調。社員同士の連携も、大きな支障なく進んだ。いつも通り、馴染みの弁当とお茶での昼食後、午後初めに上階事務所に顔を出し、必要な事項を処理するのだが、事務側担当は理乃だった。この時のやり取りは、個人面より仕事面の方が円滑(スムーズ)な程だった。
理乃は言った。「ご苦労様です。それでね、のぞみさん・・」 「はい、何か?」前嶋が返すと、更に続けた。「お仕事の方は、特に問題なしで良い事です。で、先週末の事を、ちょいと訊きたいの」 「あぁ、それね。お答えは良いですが、幾ら何でもここじゃ拙いでしょ?」 「素晴らしいご賢察ね、有難う。そうなの。これはちと、場所を変えた方が良いかな・・なんて思う訳」 「やっぱり・・」
理乃は続けた。「それでさ、あたし 今度の土曜か日曜、金盛(かなもり)副都心に出ようと思ってるの。できれば久しぶりで映画も観たいし、相手が貴方なのはちょいと冴えないけど、お昼を一緒ってのもありかな・・なんて思う訳よ。まぁ 貴方はいつもあたしに都合を合わせてくれるから心配はしてないけど、念の為どうかな?て思う訳よ」 「あぁ、それね。うん、俺は良いですよ。ですが、貴女の都合も考えると、土曜の方が良いんじゃね?」
理乃「嬉しい出方してくれるわね。あたしもその方が好都合なの。今はこのレベルの事しか話せないから、待ち合わせ時間場所とか踏み込んだとこは、今夜 SNSで打ち合わせって事で良いかしら?」 「OK!全然大丈夫です。そいじゃ、土曜は一日空けとけばよろしいな?」 「ええ、それでお願いするわ」 「了解、じゃあ後で!」
「失礼しました。有難う!」これも当たり障りのない挨拶を残し、事務所を後に。前嶋は、特に顧客からは礼節の行き届いた男として まぁ高評価を得ていた。決して営業面の押しが強い訳ではないが、仕事にしても、何とはなしの「成り行き」で成績を確保できてしまう所があったのだ。「これって・・」 折に彼は「何やら、この前の夜の性行動と似た様なとこがあるな。良いか悪いか、それは知らんが・・」とふと思う事があった。
5月第 4金曜日の勤務は、週末にありがちな忙しさはあったも、まずは無難に区切る事ができた。早く終えられた時よりほぼ 1H遅い 7pm過ぎ、市営地下鉄で半時程をかけ、居所近所の馴染み処で夕食の後 帰宅。後は入浴と就寝前の TVやラジオのチェックとネット徘徊、気が向いた時の読書などの時間だ。勿論、日課の経済ニュース「WBS」と「ラジオ深夜館」は抜かりなく視聴をする。
10pm代の半ば、そんな前嶋の習慣を見透かしたかの様に、理乃から SNSメッセージが届く。「あ、やられたな・・」ふと彼は想った。「WBS」の開始直前に、理乃宛てに発信するつもりでいたのだが、この夜は一手遅かった様だ。「のぞみさん、今日もご苦労様。最近はノーミス更新してくれるので、あたしたちもスムーズに動けて助かるわ」 「今晩は。有難うです。その『記録』は更新を心がけますよ。今夜は俺から送るつもりだったけど、いやぁ、やられました!」
「ふふ、たまには後からでも良いじゃないの・・」送信を続ける 理乃の笑顔が見える様だ。前嶋「それも感謝。で、明日の事だよね」 「そうそう。待ち合わせ時間と場所だけど、11amに いつもの金盛南ビルのロビーでどう?」 「は~い、激しく同意です!それで行きやしょう」 「了解よ。お昼の場所は、貴方の方で 適当にお願いね」 「心得ました。考えときましょう」 「で、もう少しよろしい?」 「良いですよ」 「その、明日のお題の事だけど・・」と理乃が切り出した時、「やっぱり、あれか・・」と咄嗟に思う彼であった。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 長谷川るい
日野皓正さんの今回楽曲「ブルー・スマイルズ(Blue Smiles)」下記タイトルです。
Blue Smiles