この雨は こんな風に聴こえる 第28話「討議」
- 2020/10/01
- 22:17
6月三度目の土曜のこの日は、気象情報は降雨も、朝晩などはかなり長い止み間があったりで ムラの様なものも感じる一日だった。この日、黒木は完全に休日。前夜一泊した宥海(ゆうみ)を、朝食の後、N,G,T,V出局の為 途中まで見送ると、昼食を含めた買い物を経て、掃除などの雑用をこなすべく一度帰宅。午後は宥海から借りた気象予報士試験の資料などで一勉強の後、これまで撮り貯めた鉄道や風景、歴史建築のウェブ写真整理などに時間を充てた。
諸事が落ち着いた 6pm過ぎ、弟の存(たつる)から LINE連絡。「兄者、お疲れです。今、終わりました」 これを見た黒木「おーご苦労。今朝の件は、金盛副都心辺りで良いかな?」 存「同意です。ただ この前のインド料理とは違う趣向が良いな」 「丁度良い。俺、今日は無性に冷酒が飲みたくてさ」 「冷酒か、良いね。じゃあ今度は、兄者行きつけのとこにしよか」 「良いだろう。今から席だけ押さえとくから、後でもう一度連絡する。時間は 7pmで良いかな?」 「OKです。じゃあ、連絡を待つって事で・・」 「それが良い」
一旦 交信を区切った黒木は、馴染みの海鮮処に連絡、土曜夜の事とてかなりの入りの様だが、何とかカウンター席を二つ押えて 存に伝える。「OK。土曜なら、仕方ないね」存も同意の様子だ。雨の止み間となった 7pm。いつもの某所で合流し、威勢の良い挨拶に迎えられて海鮮処の門をくぐると、店内は満席近い盛況だ。
「まぁ、反ってああいう話をするには好都合かもな」おしぼりを手渡され、手指を拭いながら黒木が言うと、隣席の存も「うん。一定 モノ言いに気をつければね・・」と応じ。どうも彼は、落ち着ける座敷の席が叶わなかった事に、少し恨みがあるのかも知れなかったが、勿論露骨に表にする事はない。
「そうは言っても・・」最初に現れた冷酒の二合瓶と二つのグラスを前に、又も黒木が呟いた。「人の目や耳があるからにゃ、そうそう全部を語る訳には行かない・・か」 聞いた存「そういう事さね。まぁ、さわりだけ打合せといて、肝心なとこは、場所を変えても良いんだし・・」 「それも良いね。そうしてくれると、有難い・・」続いて、奴豆腐にシソと削り節の突き出しが続くに及んで、冷酒を酌み交わし乾杯。暫くは会話を控え、美酒を味わう事に。
店内の喧騒は続く。低めの会話なら、際どい内容でも悟られないレベルだ。造り、焼き物、揚げ物が出て注文が区切られると、黒木は静かに言った。「俺達、結局・・」 聞いた存「うん、聞こえてるから続けて」 兄は頷いて「揃ってカネを盗まれたって事だな。それも同じ女にさ。まぁ良い。『間抜け!』と言いたきゃ言いやがれ!」 弟も「俺も同じだから、大口は利けんよ。ただ、やられっ放しって事はないよ」 「あぁ、そりゃ勿論!」
暫しの沈黙を経て、黒木は通り合わせた店員に、同じ冷酒をもう一本追加して「ただよ。彼女に所謂刑事責任を負わせる風にはせん様にって思うんだ」 存「あぁ分かる。そのままの流れだと、俺達は 警察に被害届を出す事になるよね。で、容疑が固まれば、怪しまれる麗海(れいみ)さんは逮捕って事になる訳・・か」 「その通り!」
存「でも兄者は、彼女に縄や手錠をかけさせたくはないって事・・だよね?」 黒木「そうそう・・しかし」 「うん、聞いてる」 「逮捕とかは避けられる代わりに、やっぱり彼女にゃ 相応の責任を取ってもらう形にせんと、お前も納得できんだろ?」 「あぁ、まぁね。その辺は内容にもよりけりだが」 「だから、その辺りを今夜できるだけ詰められればって思う訳よ」 「なる程ね。・・で、その内容たぁ 少しは俺にとっても夢のあるナニになりそうなの?」
兄弟の間に、又暫しの沈黙が過(よぎ)った。食事は既に佳境に入り、終盤の茶漬けに入っている。後は締めの氷菓と上がりが出て終わりという所だろう。少し慌ただしくも、来店後 1H強が経っていた。「まぁ、具体的なとこは・・」と黒木。 存が「うんうん」と返すと「この先は、場所を変えて話そか・・」と続けた。何となく、はぐらかされた様な気もする存であった。
とりあえず、兄弟は場所を変えて話を続ける事にした。幸い、雨の止み間は続いている。先程の海鮮処から黒木の居所へと戻る途中に、割合に落ち着いた雰囲気の、所謂「ジャズ・バー」とも「ジャズ・スポット」とも呼ばれる店かあり、時に有名無名の音楽バンドによるライブ演奏が行われる日もあった。営業は昼からで、翌未明の看板まで概ねランチ→喫茶→サパー→バーの時間的流れだが、喫茶メニューだけはどの時間帯も対応していた。
店内の定員は 40人程か。テーブルのブース席が 8セット(内 2ヵ所が 2人用)と、中程に 12~13席の半円形に配された重厚なカウンターがある。宵の口とあって、古いジャズの流れる店内はまだ余裕が見られたが、カウンター席の奥の方に ユニホ上下姿で応対する副店長格のクルーと向き合い談笑する、見馴れた顔があった。「もしかして、巽(たつみ)先生?」
「おー、こりゃこりゃ。コナサン、ミンバンワ!」「あー、やはり先生ですか。今晩は!」先着していたのは、やはり黒木の伯父の盟友ともいえる、巽 喜一(たつみ・きいち)弁護士だった。仕事流れか、眼鏡にグレー調の正装のまま。どちらかといえば体育会的硬派な印象の伯父とは少し異なり、黒木の弟・存に近い趣もある巽だったが、不動産業を通じて街への貢献を図る伯父の 学生時代からの同窓にして、その志の良き理解者でもあった。
「二人、まあこっちへ・・」促されるまま、兄弟は巽の隣席へ。副店長格の挨拶とおしぼりの勧めを経て、黒木はスコッチをグラスで、存はジンライムでも嗜むつもりだったのだが、巽の勧めで彼のキープ・ボトル「ディンプル」を相伴する事に。スコッチの銘酒だ。「良いんですか?」「あぁ、構わん。むしろ喜ばしいよ。諸君とこうして飲めるなんて、中々ないからね」こうして三人は、ロック・グラスを合わせた。
副店長格が用意してくれたチーズとナッツ盛り合わせを合間に、暫く酒が進んだ。一渡り酔いが回ると、黒木は巽の方を向き こう言った。「実はね、先生・・」「よし、聞こう。何かあったかな?」「はい、余り大声じゃ言えない事ですが・・」「ハハ、大声じゃ言えない・・か。まぁ、こういう店の門くぐる時ゃ、その手の話をしなければならんって事があるね」 「まぁ、仰る通りです・・」
巽の促しに乗る形で、黒木は 存共々、前後して夜の関係を持った 平 宥海(たいら・ゆうみ)の妹・麗海に現金を盗まれた様である事、本当は警察に被害届けを提出すべきは理解するも、麗海が逮捕・拘留される様な事態は決して望む所ではない事などを伝えた。「そうだね。そりゃ勿論 被害届けを出すか否かは君次第です」ここまで 静かに話を聞いていた巽は、そう反応した。その時、彼の眼光が僅かに鋭くなった様に感じられた。
巽は続けた。「まぁ、思い切って被害届けを出しても 別に良いんだけどね。逮捕はされるかもだけど、彼女は初犯だったんだっけ?」 黒木「仰る通りです」 「そうですか。それじゃ、まず直ぐには刑が科されない執行猶予だな。勿論 今君が考えてる示談での解決も可能。だからどっちへ転んでも大丈夫だから、そこは安心して欲しい」
「分かりました。有難うございます」ここまでの話を聞いた黒木は、心から納得した様だった。そして「ちょっと、お願いがあるんですが・・」と控えめに続けた。「その事への対応について、少し存と話がしたいものですから、ちょっとの間 席を替わっても良いですか?」
聞いた巽は「あぁ、それは良いんじゃないかな。こちらはその間も、話し相手もいるしね」「こちらの方も有難うございます。じゃあ、手短かに済ませますから・・」「いや何、ゆっくりで良いよ。まだ夜は長いんだし」「恐れ入ります。お言葉に甘えます」巽に一礼した兄弟は、グラスだけを持って、副店長格が押さえてくれた 2人用ブース席へと移動。
「さてと、存(タツ)・・」向き合って席に落ち着くと、黒木はゆっくり切り出した。「うん、始めてくれ。聞こう」弟がそう返すと「実はな、麗海さんの事、警察に被害届けを出さん代わりに 我々独自の罰(ペナルティ)を科そうと思ってる所でさ。「ほう、独自の罰とは面白い。詳しい所を聞きたい・・なぁ」「そうかそうか、じゃあ なるべく詳しく話してやるか。それは・・」と言いながら、黒木は一つ深呼吸をしてみるのであった。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 橘みつき
今回の「音」リンク 「優しい雨」 by 小泉今日子 (下記タイトルです)
Yasashii Ame