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この雨は こんな風に聴こえる 第50話「見立(みたて)」

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近頃はめっきり減った、音声での通話を以て 黒木は巽(たつみ)弁護士に JR金盛駅にいる事を伝えた。「で、買い物は済んだのかね?」の問いに黒木「いえ、これからです」 聞いた巽は「丁度良かった。実はさ、今夜の夕飯 自分で都合しなきゃいけなくなったんだ。家族が皆 出かけちまってね」 「そうですか。自分はよろしいですが、じゃあいつものとこでお待ちしましょうか?」 「そうしてくれりゃ、有難い。後少しで出られると思うけど、もし遅れる様なら堪忍な。その時ゃ又 連絡するからさ」 「了解しました。お気をつけてどうぞ!」

「こりゃ又、ご馳走になるコースかな。ただ今日は、存(タツ)を呼べない事情があるからな・・」 後述する事情と 急だった事もあり、巽と会う事を まだ弟の存(たつる)には伝えていない。少しく心外ではあるが、この日は黒木のみで巽と会う事にしたのだ。

JRに名豊電鉄、それに N市営地下鉄が乗り入れる 金盛総合駅の向かいには、黒木が折々買い物に訪れる 大手系の商業施設ショッピング・モールがある。よく郊外で見られる程広大ではないが、ここの 3Fに 時折訪れる喫茶店があり、一度や二度は、宥海(ゆうみ)、麗海の姉妹をそれぞれ案内した事もあった。そして巽弁護士も休憩を兼ねて用務をこなしに来る事があり、この夕刻は、この店が待ち合わせ場所になったという事だ。

「悪いね、お待たせ!」 「いえ、とんでもない。ご苦労様です!」 アイス・コーヒーをゆっくり嗜みながら 窓際のカウンター席でぼんやりと外に目を遣っていた黒木の処に、締まった足取りで 後着の巽が現れた。この日は黒木とそう変わらぬ平装。「日曜のとこ、有難うございます!」黒木が一旦立って一礼すると 「こちらこそ。相変わらず暑いなぁ。大丈夫?」巽の方が気遣っている風情だ。

黒木「はい。まぁ、お蔭様で何とかやってます。若いですから決して弱音は吐けませんからね。先生も、無理されない様に・・」 巽「あぁ、有難う。もう長年の経験で、加減は分かるつもりだから。でも年毎に暑さが増してる感じがするのは事実だね」 「ホント、そうですよ。よく言われる『茹で蛙』の例えみたいに、変に慣れない様に気をつけないといけませんね」 「おー、それそれ。何かね、齢(とし)を重ねると、暑い寒いの感覚が鈍るらしいから、要注意だな」 巽もアイス・コーヒーを嗜み、暫しの雑談。

巽「恆(ひさし)君は何・・金盛界隈は詳しいのかな?」 黒木「いえ、詳しいレベルではないですよ。自分、休みの日やその前は、主にここのスーパーで食材買って 自分とこでの食事が多いです。ネットとかしながらできますからね。まぁ片付けがちょっと鬱陶しいのは事実ですが・・」 「あぁ ネットね。そうか、PCやスマホ、タブの画面見ながら食事って事かね?」 「しょっちゅうって訳じゃないですが、そういう場合もありますね」 「そうか。今の若い世代って、以前よりは飲み歩かないらしいって話を聞いたけど、あながち間違いじゃなさそうだな・・」 少しおいて・・

巽「今日、恆君と会えたのは良かった。ほれ、君達兄弟のカネを盗った 綺麗な彼女の事をさ、ちょっと聞いておきたかったって事でね・・」 黒木「やっぱり・・そう来られるだろうと思いました。ここでも良いけど、場所を変えてお話した方が良いかな?」 「それも良いね。所で、存君も呼ぶのかな?」 

黒木「それです先生。今日は彼(アイツ)を呼ばん方が良いかなと思うんです。無理すりゃできますがね」 巽「いや・・恆君が不都合なら、一対一でも良い。どこか好いとこは、知ってるの?」 「それです。先生はどんなメニューがお好みですか?」 「そう来たか。正直、生モノでない方が良いな」 「分かりました。じゃあ、インド・カレーは?」 「あぁ、好いねぇ。それで決まりだ」 「有難うございます。席だけ押えますね」 黒木、又も音声で馴染みのインド料理店の予約を入れ「OKです。ゆっくり目で良いでしょう」と笑って巽に伝えた。

辛口が反って夏場に相応しい、カレー料理のコースを嗜みながら、黒木と巽は 麗海についての情報をやり取りした。盗んだカネは、黒木には返したが 存のはまだである事も正確に伝えた。「そうか・・」黒木の話を、巽は冷静に捉えた。「それで 存君が同席しない方が良いと・・」 黒木「まぁ、そんなとこですね。まぁ彼(アイツ)から盗った分も、この週末に必ず返すって事を言ってますね」そう返した。

巽は続けた。「実はさ、今回の件 多分示談かなと思って一応準備してた訳よ。まぁ知ってると思うけど、彼女は初犯該当だから 立件や起訴されても刑は執行猶予になる。でも君ら兄弟の希望は、彼女の手に縄をかけない事だったもんな?」 黒木「そうです。それだけは絶対に避けたかったんですよね。これは存(タツ)も同意見です」

巽「よしっ、状況は分かった。もう示談にもしなくて良さそうなレベルだな。後はまぁ 大人の事情もあるだろう事は分かるが、存君に必ずカネが返る様 恆君も目視で確かめるの忘れん様にね」 「ええ、勿論!それは先日 彼女と会った時・・つまり自分の盗られたカネが返った時に、はっきり聞きましたので必ず実行するつもりです」 「くれぐれも宜しく。それと、全部解決したら、口頭で良いから 報告が欲しいな」 「それも勿論です。遅くとも来週初めには全て解決のはずですから、必ずお知らせしますよ」

麗海の件が区切られると、丁度食後のアイス・ティーがやって来た。店内の BGMは、巽と黒木の双方が好むジャズ系がメイン。「本当はさ・・」と巽。「はい・・」黒木が短く返すと 「この後で、例のジャズ・スポットへ流れようかと思ってたんだけど、行かずに済みそうだ」 「あぁ、その方が良いんじゃないですか。明日がありますから。何せ 一番キツい月曜ですからね」 「ハハ・・所謂『ブルー・マンデー』かね?」 「残念ながら、事実です・・」 二人はそう言葉を交わすと、図った様に顔を見合わせ笑った。苦笑かも知れなかったが。

「恆君、これは気が進まなければ答えなくて良い」と前置きした上で、巽が訊いた。「彼女とは、深い仲なの?」 黒木「あぁ、その方ですね。まぁ、表だけのお付き合いよりは、ちと進んでるかなってとこです。実は姉妹だってのは、先生にもお話しましたよね?」 「ああ、聞いてるよ。君の本命は、お姉さんの方だった様な・・」 「実は・・そうです。自分は宥海さんの方が好感でして・・」 「うんうん、立ち入った様で悪かった。まぁ先方には、本当の気持ちを伝えた方が良いな。姉妹さんだと言っても、間違った信号(シグナル)は出さん方が良いからさ」 「・・ですよね。ホント、ここは気をつけないと・・」 「まぁ、そこは上手くやってくれ」

「良いぞ。今夜も任せとけ!」 「どーも済みません。又もやご馳走様です!」 半ば想像した通り、この夜も奢(おご)られた黒木。
巽がこの後も用務を抱えている事は分かっていたので、ここで辞して帰る事にしていた。勿論、弟・存や宥海、麗海との連絡も必要だったからだが。別れ際「目途が立って良かったけど、何かあったら 又連絡を・・な!」の巽の言葉に「はい、有難うございます!できるだけない様 心がけますが、その時は 又宜しくお願いします!」夕方の合流時より深い一礼で、帰る巽を見送った。

居所へ戻ると、軽いシャワーを経て 居間で TV番組相手に寝酒を煽りながら、まずは存に LINE送り。「存(タツ)、例の示談はなしな。巽先生にも報告した。これで麗海さんが問責される事はなくなった。カネは今週末、必ず返る」 程なく返信あり。「兄者、ご苦労だった。カネの件は信じる。それより今度の週末、心おきなく姉妹さんとも会える訳ね?」 「そうそう。集合時刻や場所とかは、直前で詰めるからな」 「了解!」 存との交信が終わると、次は宥海、麗海の姉妹に送信。「今度の金曜夜は、宜しくです」 姉妹からは 前後して「了解した。不都合なし」の意の返信があった。ここまでは、概ね黒木の見立て通りだ。途中から思惑通り行くかどうかは不明だが。
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 辻本 杏
今回の「音」リンク 「キャン・ユー・スタンド・ザ・レイン (Can You stand The rain)」 by New Edition (下記タイトルです)
Can You stand The rain

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