この雨は こんな風に聴こえる 第51話「事後」
- 2021/01/21
- 22:42
前日の土曜から「事」を交えて日曜午後まで共に過ごした後、麗海(れいみ)が黒木の眼前に現れたのは、翌月曜の朝だった。この日、伯父の事務所へ応援に赴くべく 正装にて出かけようとした矢先、玄関の「ドア・チャイム」が鳴った。「何だよ、何なんだよ。朝の忙しい出がけに、一体誰だ・・?」
「はい、ちょっと待って!」些かぶっきらぼうな返事を以て、応対に出てみると、そこには普段とは異なる麗海の姿。暑い時季らしく ブルネットを後ろで纏め、淡色のサマー・スーツ上下に揃いのパンプスという 隙のない姿がいかにも「さぁ、今から仕事!」という風情だ。
麗海「お早う。朝から悪いわね」 黒木「お早うです。こちらこそ悪い!今から伯父貴のとこへ応召って感じでね」 「伯父様のお仕事でしょ。分かってるわよ。これも遅れて悪いけど、つい先日から 恆(ひさし)お兄さんのお部屋の上辺りに越して来たんでね。とりあえず、そのご挨拶よ」 「そうか、わざわざ済んません」と返して黒木は「!」と感じた。まぁこの反応も遅かったのだが。
そういえば、この 8月最初に麗海と会った第一土曜の前日、たまたま日中に帰宅した黒木の眼中に、敷地の駐車場に 引っ越し業者「H」の 2t級トラック いすゞ・エルフのアルミボディ車が入ってきているのを目にしたのだ。「誰だろう・・」位の感じはしたが、今思うと、それが麗海の引っ越し荷物を搬入する便かも知れなかった。
「これ、引っ越しのご挨拶ね・・」麗海はそう言い、小さい包装を差し出した。「あぁ、有難と。お互い忙しそうだから、良けりゃ 又夜にでも話しましょう・・」受領した黒木がそう返すと 「良いでしょう。又 今夜辺りね・・」麗海も応じ、ここは直ぐに立ち去った。挨拶の品は、丁度黒木が欲しかった 旅行用洗面セット。年に一度二度はある 遠方への撮影行にも使えそうだ。「有難い!」
「お早うございます!」予定通り 9am少し前に出社すると、伯父「あぁ お早う。今日の予定は分かってるな。所で・・」と、普段キビキビと用件の指示をしてくる伯父にしては、妙に語尾が不明朗だった。「ん?何かありました?伯父さん・・じゃなかった済みません!社長・・」 「ふむ、今朝はまぁ良い。それよりも、お前の知ってる 平 麗海さんな。今月一日付で、お前の住んでる棟に入られたの 知ってるか?」
黒木「あぁ、はい。知ってます。つい最近ですがね。まぁ 挨拶に来られて、お互いこれから宜しくですってな話はさせて頂きまして」 伯父「そうか。もう大人だから 細かくは言わんが、お客様には違いないから、一応気に留めとく様に・・」 「はい、それは勿論・・」 会話が区切られると、黒木は他の社員らと共に、伯父からその日の予定と訓示を受けるのであった。
伯父の応援は午後途中まで。その後 就活の面接一件をこなすと 6pm過ぎに居所へ。「夕飯は、麗海さんと一緒かな。でも平日は忙しいから、意外に都合はつかないかもな・・」 会えなければ、己だけで外食か、買い物に出るか・・。思案の途中で LINEが入る。
「恆お兄さん。麗海です。ご免なさい、これから会合なの。でも、遅くて良ければ顔出せそうだから、そのつもりでお願いできると嬉しいわ」 見た黒木「了解しました。業績がかかってるだろうから、会合は上手くやってね。俺の方は無理しなくて良い。今夜がダメなら明日もあるし」 「分かった。とに角行ってくる」 「ご安全に・・」
結局、買い物で食材を調達して夕食。シャワーを経て TV報道チェックやネット徘徊などで過ごしていると 9pm過ぎに又受信。麗海「今、終わりました。1Hは、かからないかな・・」 「了解。でも、本当に今夜ここへ寄るの?」 「うんうん。越してきて最初だからね。明日よりは今夜が良いわ」 「それも了解。でも月曜の夜だから、無理なくね・・」 「全然!じゃあ、後で・・」 交信ここまで。
「寝酒位、飲むかな?」とも思い、小さいリキュールのグラスを出しておく。冷蔵庫には、甘口の独産ワインも忍ばせてあるが、既に酒気が入っているなら 出番の可能性は薄いかも知れない。応接の用意を一応済ませ 更にネット画面に向かっていると、きっかり 10pmに 例のドア・チャイムが鳴った。
「今、開けるから!」外に向かい はっきり聴こえる様に返事しながら玄関へ。外からは「急がなくて良いわよ」の反応。会合から帰った麗海は どうもシャワーまで済ませたらしく、着替えた夏の普段着にサンダル、それに甘い香りの洗い髪という風情だった。
「うーん、エロいな・・」と、黒木はつい思った。えてして脚など下方にばかり視線が行きがちな彼だが、宥海(ゆうみ)、そして麗海の長い洗い髪にも 近頃は「エロ」を感じ始めていたのだ。「まぁ、水気のまま触るのもどうかってとこだな・・」とも思い、とりあえず部屋に通す。落ち着いて少しおくと「どうする?ドライヤー使う?」静かにそう訊いた。
麗海「あぁ、有難と。今ね、帰ってきて速攻でシャワー浴びて着替えてきたんだけど、ドライヤーの時間なかったのよ。でも・・」 黒木「はい、聞きましょう」 「恆お兄さん、ホントは濡れたままの洗い髪、好きなんでしょ?」 「あぁ、まぁね。でも、よく分かったね。貴女の観察力、大したもんだよ」 「だってさ・・今夜初めてこの部屋入った時の 貴方の視線って、何かネットリした感じだったもの・・」 「あ、いやいや・・。俺、そんな気で見てた訳じゃないけどね・・」 「ふふ、あたしに嘘はつけないわよ。このエッチ!」
ある意味追い込まれた黒木、もう強く否定できない風情だった。そこで 洗い髪の方はそれ以上言い返さず、話の矛先を変えた。「会合は、好い感じだったの?」 洗面台から戻った麗海「うん。まぁそんな風かな。いきなり商談って訳じゃないけど、まずは取引先の方達と 気持ちを通じられる様にってとこね」 「まぁ、そういうのも大事だよね。後々 上手く行くって事だってあるし。あ、これ・・俺の方も似た感じだからね」 黒木がそう返すと、長手ソファに並び座った二人は目を合わせて笑った。
黒木は続けて訊いた。「酒気(アルコール)は進んだの?」 麗海「それは、深入りしなかったわ。女性向けにワインやブランデーもあったけど、あたしは最初の食前酒(シェリー)を一杯だけ頂いて、後はアイス・ティー。特に男性は 飲む方は飲むんだけど、あたしは誘われても深入りしなかった。ああいう席でもさ、悪くすると 近くにお部屋とかが確保してあって、好き者の男に連れ込まれて悪さされるって例があるらしいの。ちょっと そういうのはパスだからね・・」 そして、黒木が冷蔵庫を開けるのを観察していて「あっ、そのワイン・・開けようよ。飲み直したいんだ」と、独産の白ワイン、ハーフ瓶を指示した。
黒木はそのボトルとワイン・グラス二個、それにつまみのナッツや野菜スティックをセットしながら 「ハハ、そうか。話には聞くけど、ホントにあり得るんだね。又、相手の女性も こう言っては非礼かもだが、何か『軽い』って言うかね・・そういう間柄って感じなのかな?」 麗海「その通りって訳じゃないけど、かなり近いケースはあるみたいね。でも・・」 「はい・・」 「あたしはあたしで 色々大切な事があるから、そっちの方へは近づかなかったって事よ。今週末に 大事な集まりもあるしね・・」 「あぁ、はい。ま、そんな・・ですな」
「もう一つは・・」麗海が念を押す様に続けた。「はい、何だろ?」その言葉に、黒木はなるべく明快に応じようとした。彼女の意図が、何となく読める様な気がしたからだ。「又また、宥海さんには悪いけど・・」一方で、そういう想いもありはした。そうした彼の態度を、麗海は鋭く読んでいる様だった。そして・・「もう一つはね、やっぱり恆お兄さん、貴方の事よ・・」
曖昧に言葉を区切ると、麗海は更に「グッ」と右方の黒木に近づき、右手を彼のバス・ローブの下方合わせ目に滑り込ませてきた。目的は一つ。又も 彼の「竿(男根)」を狙っている様だ。「あ、あの・・。一昨日、昂ったばかりだ。お・・俺は、まだ回復してないと思うんだけどな」何とか言い訳を・・とも思うが、この夜の麗海も 聞く耳を持ち合わせていない様だ。「ふふ、言い訳は聞きたくないわ。男らしくなくてね。普通、二日もあれば十分回復じゃないかしら?」 麗海の白くなよやかな手指は、更にバス・ローブの奥を窺う仕草を見せてくる。
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 吉永佳純
今回の「音」リンク 「メイキング・ラヴ・イン・ザ・レイン (Making love in The rain)」 by Herb Alpert (下記タイトルです)
Making love in The rain