この雨は こんな風に聴こえる 第53話「疑念」
- 2021/01/29
- 23:20
同じ頃・・黒木の「本命」たる宥海(ゆうみ)は、出演する N.G.T.Vのキャスターや関係者が交代で夏休みに入る時期もあって、連日の出局となっていた。両親と住む実家への帰りは夜遅くもままあり、タクシーに乗ってのそれも多かった。勿論週に一日位の休みは確保していたのだが、梅雨の頃の様に、ゆっくり黒木の居所を訪ねる程の余裕には恵まれない日々だった。
そんな姉の多忙を見透かした様に、妹・麗海(れいみ)が実家を出て、あろう事か 黒木の居所直上の部屋へ引っ越した事は、彼からの LINE連絡で知った。「もう・・」第一報に接した宥海は、思わず嘆く様に呟いた。「近い内に引っ越すとは聞いてたけど、よりによって 恆(ひさし)さんちの直ぐ上なんて・・どういう考えなの・・?」
これまでの付き合いで、黒木の呑気さとアバウトな性癖は分かりかけていた。だからこそ、一度は麗海にカネを盗られた事も、そうした所が絡んでいるのだと理解していた。もう一つ懸念されるのが・・そう、麗海が黒木の居所に出入りし易くなる事だ。
「彼女(あいつ)、何故か恆さんの『男』に異常に執着するのよね。ま、ある程度は分かる様な気もするけど・・」その辺りは、黒木が麗海と最初の「間違い」を起こした事とも関連するだろう。成り行きで深みに嵌り、結果 麗海の処女を奪った事に、後々になって気がつく 救いがたい鈍さ。麗海は以後、それをネタに 何となく黒木に付き纏う挙に出ている様に見えて 仕方がなかった。
前月の 7月下旬某日、宥海は 引っ越しを間近に控えた麗海と、その辺りの話をする機会を得た。N市の中心部、栄町近辺にある 若い女達の隠れ家的な レトロ風喫茶店に流れた時の事だ。「貴女、恆さんをどう思ってるの?」姉妹共にアイス・ティーを嗜みながら、宥海は割と直(ダイレクト)に、麗海に質(ただ)した。
麗海は、これも割合率直に返してきた。「恆お兄さんは、お姉ちゃんの本命だよね。それ自体に異議はないの。お兄さんの進路さえ決まって 決まった収入がある様になれば 今後の事(つまり結婚の事ね)も安心だろうし。でも・・」 「でも、何よ?」 「その事よ。余り大声じゃ言えないけどね・・」そう言葉を継ぐと、麗海は一旦席を立ち、姉妹対面で使っていた 四人用ブースの 宥海の隣席に移ってきて、その髪を無遠慮に押し分けて、露わになった耳にひそひそと囁きかけるのであった。
「分かってるでしょ。お兄さんの男・・つまりお竿(男根)ね。その立派なモンは、あたしの処女を奪った悪い虫よ。あたしね、お姉ちゃんがお兄さんと深い仲になる前に、もう少しその虫を懲らしめて納得したいわけ。もう一つは、お兄さんのお竿の感触って、あたしも好きなんだ。だから、いつまでもとは言わない。もう少しだけ、お姉ちゃんと お兄さんの『男』を共有したいって事よ・・」
「ホントにまぁ・・」随分と身勝手に思える 妹の囁きを聞いた宥海はしかし、ギリギリの所で苛立ちを抑えた。「もう、貴女(アンタ)って娘(コ)は・・」そう叫び出したい所を、何とか踏みとどまったという事だ。「分かったよ。ただね・・」憤りに近い気持ちを抑えながら、宥海は努めて静かに言ったものだ。そんな気持ちを意にかける事もなく、麗海は「うん、何よ?」と 軽い感じで返す。「近所になるからって、恆さんに迷惑になる出方をしちゃダメよ。ただでさえ、あの一件があるんだから・・!」 「分かってます。あの時のおカネは、もう返せる様に用意したわ。存(たつる)さんの分もね」 「そういう事なら・・」 「そういう事よ」
そして麗海は どこで覚えたのか、遥か以前に喜劇俳優の故・植木 等が歌ったコミック・ソングの節で替え歌を始めた。「一言文句を言う前に、それお姉ちゃん、それお姉ちゃん。貴女(アンタ)の妹信じなさい、それ信じなさい、それ信じなさい・・」とやった。「フン!」と鼻鳴らしで返してやりたい 些か屈辱の匂いのする出方だったが、宥海はこれも何とか堪(こら)えて凌ぎきった。
宥海「その歌なら、恆さんちで何度か聴いた事があるわね。昔あった元歌だけど・・」 麗海「そうそう。彼、植木さんの CDを何枚か集めてて、ホント 随分昔のだけど、結構面白いんだよね」 「ふぅん、貴女(アンタ)も聴いたんだ?」 「まぁね。全部じゃないけど。それに ネットで昔の動画も上がってて、今のとは違った面白みがあって、結構好い感じじゃん・・なんて思ったね」 思わぬ接点があって、姉妹は暫く そうした話題で過ごしたのだった。そうはしても、姉の抱く 妹への疑念は、そう簡単に拭えるものでもなかったのだが。
「それは良いとして・・」今は妹と距離を置く宥海は、夜の自室でそう呟いた。「放っておくと、更に厄介な事になるかも。何とか麗海を遠ざけられる様、恆さんにも考えて欲しいわ・・」 一呼吸おいて「あっ、そうだ・・」 そして「今、考えてた事を、恆さんに送っとこうかな・・」そして LINEアプリを立ち上げた。
「恆さん、今晩は。この文は、本当に時間のある時に落ち着いて読んでね。麗海が直ぐ傍へ引っ越した件、むしろ余り構わないでやってくれると嬉しいわ。もしアイツから訪ねて行ったら、その時は適当にあしらっておいて。何しろ 今度の金曜に良い事がある様、祈ってるわ。麗海も顔位出すだろうけど、存君も来るって聞いてるから その辺は上手く・・ね」
送信して暫く後、折り返す様に 黒木から返信。「有難う。忙しい様だけど、元気そうで安心です。そうだね、俺も下手し易いけど、話は了解です。麗海さんも そろそろ手を引いて欲しいから、俺も何とかそう仕向ける様にします。少しだけ時間をもらいたいのは申し訳ないけどね」
8月の第ニ金曜になった。当日はやはり、猛暑の晴天。TV出演などが重なって忙しかった宥海も、この日午後から日曜までは休日にしてあった。親達には 同級生と関西方面へ旅行という事にしてあった。夕方前、薄い夏のアッパーにパンツ、スニーカーという当たり障りのない出で立ちに、洗面具などを入れたポーチと やはり少し着替えなどの肩バッグを携えて出かける。もしかして、黒木と交わる場合の事を考えての事だ。
一方の黒木。彼も 伯父の事務所の応援は午前まで。昼食を鋏み 偶然入った就活一件をこなし、夕方前には手を空けて、待ち合わせ場所の 弟・存が行きつけの居酒屋へと向かう手筈を整える。四人が集まる場合も考えて、居所は 寝室のベッドや居間のソファ周り、浴室やトイレなど ざっと掃除しておいたが・・。
夕方 6pmの集合まで小半時。「もう少し、時間があるな・・」そう思い、オーディオで FMを聴きながら アイス・コーヒーで一息入れて暫く後、玄関の「JR」ドア・チャイムが鳴った。「おー、ちと早いな・・」そう思いながら応対に出ると、いかにも夏らしい 白っぽい薄手の装いで決めた 麗海の姿があった。「恆お兄さん、行くよ!」ゆったりしたノー・スリーヴのアッパーに、これも緩い長めのアンダーにサンダルという姿。これだけでも「あぁ、いかん・・」黒木は、下方の昂りを禁じ得なかった。
「ホント、ここで押し倒したい位・・だなぁ」 そう思いながらも「まだ少し時間がある。まぁ上がれよ」と促す。「そういう事なら・・」こっくり頷いて、サンダルを脱いだ麗海も上がって来る・・と思いきや、傍らに小ぶりのキャリー・バッグを携えている。そして「これは集まりに持ってかないから、預かってくれる?」ときた。「よしよし、良いでしょう・・」と返しながらも、黒木の脳裏には 芳しからぬ想像が宿り始めていた。「もしかして彼女、夜向けの『勝負衣装(コス)』でも入れてるのか?」 そして毎度の事ながら「アッパーは今のと同じノー・スリーヴ、アンダーはフレア・ミニにニーハイとかだと良いなぁ・・」などと良からぬ想像を巡らしたりするのであった。
(つづく 本稿はフィクションであります。1月分の連載ここまで)
今回の人物壁紙 相羽のどか
今回の「音」リンク 「縦書きの雨」 by 東京スカ・パラダイスオーケストラ (中納良恵さんとの共演。下記タイトルです)
Tategaki no Ame