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轍(わだち)~それから 第14話「懸念」

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7月23日の土曜、曇りの朝。前夜、諸々の相談事や、AVチェックなどで盛り上がった後、爆睡した中条 新(なかじょう・しん)と二少年 健(たける)、徹は、甲高い咆哮で目を覚ます。時は午前7時前。「お早うございます!」 「ああ、お早う」

「あ~あ、今朝も始まりやがった」欠伸(あくび)交じりの中条、嘆く様に言う。ほぼ毎朝の事だが、斜め向い家の屋上にKuso犬が現れ、下道を通る通行人に、喧嘩を売っているのだ。
健「伯父さん、確かに聴き様によっては、屁~こいてる様にも聴こえるね」こう言うと「そうだろう。俺はもう、そうとしか聴こえんけどな」中条、苦笑しながら応じ。
徹、それらを聞きながら「どれどれ、その『口から屁』をちょいと見せてもらおうかな」と、持って来た高倍率双眼鏡を胸に、ヴェランダへ出ようとするのを、健が制す。「徹!見ない方がいい」 「見たら後悔するぞ~!」中条も応じ。だが・・

少年にとり、前夜のAVなどもそうだが「見るな!」と強く言われると、逆に好奇心を煽られ、余計見てみたくなるものだ。ヴェランダのサンダルをつっかけた徹は、双眼鏡を携え、件の屋上の方を向く。ひとまず静まったKuso犬が、前半身を屋上の縁に乗り出したまま、こちらを向いている。「ああ、分りやした。確かに、どうしようもない間抜け面してますね」 「・・だろう。だから違う意味で、目の毒なのよ」中条も健も、ため息交じりにこう返す。

徹「でも、どうかな。次にどんなバカをやってくれるか、楽しみなとこもあったりしてね・・」と言った直後「あっ、やった!」彼はある意味、見てはならないものを見てしまったのかも知れない。眼前で、不心得者が突如腰をストン!と落とし「ブブ・・ブブ・・」と排泄の挙に出たのである。

徹、失笑して「これ何よ?随分ぶっとく見えるんだよなあ。直径5cm位ありゃせんか?」呻く様に言えば、健も「お前も、よく見てるなあ。そこからデカい小さいなんて、分るんか?」と呆れる様に応じ。「いやまあ、そんな風に見えたって事さね」 「お前、双眼鏡持ってんだろ。だったら、はっきり見えたんでないの?」 「いや、そりゃ無理だわ。尻尾の陰まではちょっとなあ・・」 「そうかぁ。だけど、5cm径なんて言ったら、絶対あり得んぜ。あいつの肛径、そんなにある訳がない!」 「・・だよなあ。そうすると、縦にとぐろを巻いてるとかってかよ?」

これを聞いた健、思わず言葉を失って「徹・・ちょっと来い」 「はい、何か?」居室の出窓際まで戻ると「何と言う想像や!」呟き、二人して、ひとしきり声を押し殺して失笑し合うのであった。
「全く・・バカな事を・・」二少年のあり様を見守りながら、中条は、ふとその胸に去来するものがあった。はっきり言って「懸念」である。それは・・

前夜、徹から聞いた、学院養護主任の小町が、彼に会いたがっている件の事だ。それに、伝令役とは言え、上級生 豊も絡んで来ている。もし、小町の望み通りにしたら、どうなるか?前年の夏 特別林間学級のある一夜、甥と共に遭遇した、彼女との異常なやり取りが、豊に知られる事になってしまう。そればかりではない。彼女以上に濃い関係にあった、元講師 初美との情交も明るみに出てしまうではないか!

「拙い!それだけは絶対に避けねえと・・」彼は思った。「その為にも、徹君には、強化学級が終わるまでの日数を稼いで欲しい。その間に、小町さんを彼に近づけん策を考えんとって事だ。ここは近く、初美の知恵も借りるべきだろうな」などと思案を巡らせた。

「伯父さん」暫く後、二少年がヴェランダから戻る。「ありゃ、確かにKuso犬だね。よく分った」 「そうだろう。俺ぁ、毎日あいつの狼藉を見せつけられてる訳でさ」 「でもさ」健は、笑いながら言った。「あいつのお蔭で、伯父さんは、会社の遅刻を免れてるってとこもあったりしないかな?」 「まあな。残念やが、そう言うとこもありかな」中条、苦笑しながら返す。徹も「ハハ、なる程。じゃあ、少しは役立ってるとこがある訳ですね」 「まあ、そんなとこだ」三人、改めて笑い合った。

中条は、二少年を促し、馴染みの喫茶店へ朝食に。その席で、前夜の相談で決まった事柄の再確認と、途中でラジオ中継を聴くのをやめた、プロ野球NCドラゴンズの試合結果の事などを話した。この夜は惜敗。その席で徹は、強化学級の準備もあって、M県下の実家帰省中の豊に、中条の指示通りSMS送信。折り返し、小町宛て伝える旨、返信を得る。

一旦戻り、翌日からの強化学級の準備に入る二少年を、車でそれぞれの家まで送る。「じゃ、健は明朝 学院の前で。伯父さん、有難うございました!」 「気をつけてな!」まず徹を帰し、次いで勤務先でもある、健の家へ回り、一緒に昼食の後帰宅。「お前も気をつけて!」 「有難う!」

1pm 頃戻る。「しかし・・」男は思った。「何なんだよ、あいつら。困り事相談に来たのか、AV見に来たのか、よう分らんな」まあ、どっちでも良いか。とまれ、随分久し振りの土曜休みだ。「本当に、二日連休は寛げるな」彼は、しみじみそう感じ。

今夜は、一応人に会う予定はない。まずは、洗濯や掃除などの雑用をこなし、3pm 開始の、プロ野球NCドラゴンズの試合をラジオで聴きながら、夜どうするかを考える事にした。JRのN市中央駅近くの、馴染みの居酒屋のカウンター席へ行っても好いし、昔の知友と、中心街の栄町へ出る方途も少しはあった。そんな事より、前日敗れた首都圏の勇者 CYスワローズに連敗を喫する事がない様、祈る中条であった。「まあ、それもこれも、試合展開を聞いてからって事で」

だが直後、状況が急変する。プレイ・ボールが告げられ、コーヒーを入れに立った中条の背に、インター・ホンの呼び出し音が響く。
彼の住むマンションも、最近の建物の多くがそうである様に、暗証番号の入力を要する、セキュリティ装備があった。稀に、住人の直後について、不正に立ち入る芳しからぬ輩がない訳ではないが、土曜日とは言え、日中そんな事は大いにやり難いはずだ。

「俺んちの暗証番号を知ってる奴って言えば・・」男の脳裏には、高校時分の悪友の顔が、一人二人浮かんでいた。だが、土曜の日中に訪れる事は考え難かった。「もしや・・」彼は、わざと声の応対を飛ばし、アイ・スコープ越しに戸外を窺う。廊下にいたのは・・
「初ちゃん!」直ちに解錠、中へと招じ入れる。「どうした?何かあったんか?」対する女、ニヤニヤしながら「ふふ、来ちゃった!予告なしで・・」 「何だ、そう言う事かよ」ホッと胸をなで降ろす中条であった。

「冗談はさておき、迷惑じゃなかった?」 「ああ、いやいや、大丈夫。いつも、土曜午後は大抵OKだからな。でも、今日の貴女はいつも以上に素敵だから、戸惑っちゃったよ」 「そうかぁ。それは有難う」この日の初美は、ゆったり目の白黒 水玉大小を配したノー・スリーブのワンピース。アンダーは膝位までながら、中条の喜ぶフレアのデザインだ。「嬉しいでしょう!」女が突っ込みを入れると「今は言えませんわ~!」男はこう逃げを打った。

中条、コーヒーを二杯に入れ直して、初美にも勧める。茶菓は、前夜少年たちに振る舞った残りを盛り直してだったが、不満がられたりする事はなかった。が、しかし・・
「新さん」ラジオのプロ野球中継に気を取られていた中条に、初美が声かけ。「これは一体、何でしょう?」 「ヤバい、しまった!」前夜、相談事が終わった所で、二少年が見ていた18禁雑誌が、棚に戻されないままになっていたのだ。
一読した女は、こう反応す。「ふぅーん、附録って、こんな袋に綴じてあるのね。だから『袋綴じ』って」そう言いながら、開封して現れたのは、鮮やかな赤のデザイン柄「Tバック」であった。

「中々好い感じじゃないの。新さん、このショーツ、頂戴!」着させる女が、他にいない事を弁えた上でこう言ったのは勿論だ。
「仕方ねえ」と思いながら中条「ああ、いいよ。どうぞ」納めさせる事にした。
「さあ、今夜はどうしようかなあ」 「ん?あたしは、この前の辺りへ飲みに行ってもいいわよ」 「そうだな。でも、買い物とかで、どの道出かけないかんだろう」 「そうよね。もう少し考えようかしら」
「貴女、今夜もここ泊まりか?」もう今更、そんな野暮な事は訊けん・・男はそう思った。
(つづく 本稿はフィクションであります。無断転載等は、法令で禁じられております)。

今回の壁紙 「Kuso犬」のイメージ 名古屋市内 2015=H27,11 撮影 筆者
松岡直也さんの今回楽曲「サマー・ノイズ(Summer Noise)」下記タイトルです。
Summer Noise

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