轍(わだち)~それから 第18話「予兆」
- 2016/12/26
- 16:14
甥の健(たける)が、伝えて来た事は本当だった。7月29日の金曜夜、まあ順調に仕事を終え、夏の強化学級から一時帰宅の甥、そしてその一家と夕食を共にし、そろそろ帰宅と言う風情の、中条のスマート・ホンにSMS着信。予想通り、佐分利学院の養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)からだ。
「遅くに失礼。中条さん、暫く」 「いいえ、こちらこそ。健や例の連中がお世話になってます」 「貴方や親御さんのご指導が良いから、彼たちは元気で優秀ですよ。笑」 「感謝です。小町先生のそのお言葉で安心しますた」 「こちらこそ。中条さん、それでね・・」 「はい、何でしょう?」 「急で悪いですけど、明日午後、お会いできないかしら?」 「ちょっとお待ちを・・。(タブレットの予定表を見て)ああ、明日なら好いでしょう。場所と時間はどうすればよろしいか?」 「有難う。そしたら、JRの中央駅・新幹線側の大きなカメラ屋隣の、ホテルのロビーで午後4時ってのはどうかしら?」 「俺はOKです。じゃ、それで行きますか」 「了解よ。明日午後は宜しくね!」交信ここまで。
「健」中条は言った。「はい」甥、まず返事。中条「来るものが来たわ。明日午後、小町先生と会う事になったぞ」 健「そうですか。伯父さん、悪いけど、なるべく徹も俺も、もうあの事では呼ばれない様にしてくれると好いな。第一、何かあった時に、養護室へ行き難くなってしまうし、勉強に打ち込めなくなるかもだしね」
中条「ああ、分る分る。その辺りは、まずは任せておけ。お前の心配する様な風にはせんよ。だからお前たちは、安心して勉強に集中しろ。さあ、邪魔になってもいかん。俺はそろそろ帰るわ。明日は草サッカークラブの会合なんだろ。徹君にも宜しく言ってくれ」 健「ああ、分りやした。面倒かけるけど、そっちは宜しくね」 「分った。じゃ、お休み!」 「お疲れ様でした!」9時頃、男は帰途に。
「相変わらず、屁垂れた声しやがって!」翌29日の土曜、例によって、斜め向い家に巣食うKuso犬の咆哮で目を覚ました中条。この日と翌日、初美は、彼女の親許事情で、近隣のF県下へ帰省していた。
自ら朝食とコーヒーを用意、午前中は週明けの準備で出社。この日、健は前述の会合で不在の為会えず、妹夫妻らと昼食の後、帰宅。掃除洗濯など雑用の後、午後3時過ぎ、浅間町(せんげんちょう)の駅より、N市営地下鉄にてJR中央駅へ。同駅自由通路を東から西へ抜け、大手カメラ店横の、名豊電鉄系都市ホテルのロビーが、小町との待ち合わせ場所だ。予定より僅かに早着。
「中条さん、お待たせ!」「こんちはー、宜しくです」午後4時、約束の時刻きっかりに、彼女は現れた。女医とも思えない、中条と似た様な半袖上シャツにジーンズと言う、普段着そのものの出で立ち。靴もスニーカーである。「今、学院が終わったの。待った?」 「ああ、いやいや、俺もついさっき来たとこだから。余りホテルでの待ち合わせらしからん風情かな。でも貴女、そう言うのも似合ってますね」中条、苦笑交じりに言う。
小町、続けて「まあ、初めから、ホテルで他の用事とかがあれば、スーツみたくなんだけど、高等科の(強化)学級から戻ったまんまなの。それに今日は待ち合わせだけだからね。さあ、落ち着いたら場所を変えましょう」 「好いですよ。とりあえずは、どこへ行きますか?」 「貴方の知ってるとこで好いわよ」 「了解です!」中条はこれを受け、小町とも示し合せて、大手カメラ店で写真用材などを一通り下見した後、5時過ぎ、中央駅新幹線口傍の、もう一軒の居酒屋へ。先月、初美と共に行ったのとは、別の店だ。
小町の酒の好みは、中条とも近かった。初めに、生ビールの大ジョッキで乾杯の後、冷酒を二献程。肴は、生ものを余り食せず、天ぷら盛り合わせやゲソ揚げ、ノドグロの煮物、手羽先などなど。中条は、それに加えて自身用に、鰤と鮪の造り、それにもずくとかを少し加え、最後に焼きおにぎりとお茶で締めくくりと言う感じだった。
「健君は、お家の方でも元気かしら?」 「ええ。まあ、そんなとこですね。今はご存じの強化学級中で、昨夜から明日まで一度帰ってるけど、結構楽しそうですね」 「それは良かった。あたしね、今週と来週初めは高等科の方の学級へ行くので、中等科の方は、来週の後半しか行けないのよね。だから、どんな風かと思って・・」 「ご心配分ります。でも、今んとこは、案ずる程じゃないかなって感じですね」 「有難う」その後、世間一般や経済、健康の話題などが続き、二時間弱が過ぎた所で・・
小町「中条さん、悪いわね。お酒は程ほどにしましょう」 「程ほどに・・分ります。今夜は店も混んでるし、迷惑になってもいかんからね」中条、こう応じ。 「でね・・これからだけど、あたしと、内飲みしません?」 「はい。俺は好いけど、場所は何処で?」 「勿論、あたしのとこよ」 「いいんですか?」 「大丈夫よ。貴方、今夜はもう用事とか大丈夫なんでしょ」 「ええ、まあね」 「OK。じゃ、それで決まりよ!」二人は、勘定を済ますと、店玄関の前で待機していたタクシーに乗り、N城址近くの小町の居所へ。
中条の居所同様、傍らに駐輪場のある、セキュリティ完備の玄関ロビーを通り、高層マンション11階 南東向きの区画が、小町の居所だ。普通の住居の3LDK並みにゆったりした2LDKの間取りで、内一室は、OA機器と医療関連の文献や資料などに、半ば占領されている状態。その中にあって、顕微鏡とか若干の器具類が備えられている。実はこの中には、婦人科向けの、所謂「クスコ」と呼ばれる「女性自身」の内外を診る診察器具もあったのだが、この事は後程触れたい。
着くとすぐ、小町からこの部屋の事を告げられた中条だったが「まあ暑いから、まずはシャワーでもお使いになって」と促され、その言葉に甘える事に。終って戻ると、彼女は男に、浴衣を勧めた。
「有難うです。やっぱり、好い感じッスねぇ。」中条、こう言って喜ぶ。「どう致しまして。知っての通り、あたしは女医よ。さあ、今夜は遅くまで、診察につき合ってもらおうかしら。ふふ・・」 「そう来たか?そう言う事なら、まあ覚悟を決めてっと!」(この時、男は「全く、忍者ゴッコに医者ゴッコ・・か。身分違いやけど、大丈夫かな。もしそうなら、初ちゃん、御免な・・」と一瞬思ったものだが) 「まあ、初めは飲み直しましょうよ。実はね、貴方に是非味見して欲しいお酒があるの」 「それ好いですね。何だろ?」
「これこれ、これよ」中条の眼前に現れたのは、欧州屈指の銘酒、マーテルのコニャック「コルドン・ブルー」だ。「こりゃ凄い!こんなの一生、口に入らんぞ。流石はお医者様、次元が違うな・・」中条は思った。ロックで嗜む。「あたしは、余り強くない方が好いから」
そう言う小町は、クレーム・ド・カシスのソーダ割りの後、これもリキュールの銘酒 シャルトルーズを、同じくロックで。「ジョーヌ」と呼ばれる、蜂蜜の配合から来る、黄色みのある甘口の酒だ。「因みに初美は、グラン・マルニエって銘柄が好みよ。彼女(あいつ)と一緒は、ちょっと嫌だからねぇ」 聞いた中条「それ今、俺んちにあるな・・」しかし、思っていても言えない事だった。
「じゃ、又乾杯!」杯を交わし、二巡目の酔いが来始めた所で、小町が切り出す。「中条さんね、健君の親友で、箕輪 徹(みのわ・とおる)君の事はよく知ってるわね」 「ああ・・まあ、それは程ほどにってとこですかね」 「それじゃ、彼と親しく話したりする事とかもある訳よね」 「まあ、ありますね」ここまで中条、余り深入りする事を避け、適当に答えてかわそうと考えた。が、しかし・・
「まあ好いわ。もう少ししたら、徹君の事で、もう少し貴方の力を借りたいの。それはね・・」こう囁く様に声をかける頃には、中条は、かなりの眠気に襲われていた。実は小町は、少量だが彼に振る舞ったブランデーに、睡眠薬をしのばせていたのだ。小町の居所での二次会が始まって小一時間後、中条は、一時記憶を失う。そして、更に小一時間後、気を取り戻したこの男の眼前に現れたのは・・
(つづく 本稿はフィクションであります)
今回の人物壁紙 めぐり
松岡直也さんの今回楽曲「ホワイト・オレアンダー(A White Oleander)」下記タイトルです。
A White Oleander