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轍(わだち)~それから 第27話「疎通」

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8月に入って二週目の10日、強化学級を順調に終えた、佐分利学院の生徒たちは夕方、無事高層校舎へと戻って来た。それぞれ乗って来た車から、荷物や手回り品を降ろし、所定位置に収めたり、生徒たちの手元に戻った事を確認の後、簡単な終礼と、盆明けの教科の説明を受け、解散。

その途中、教科に使った備品の片づけをしていた中等科生 白鳥 健(しらとり・たける)は、親友の同級生 箕輪 徹(みのわ・とおる)の様子が気になった。「彼(あいつ)、やっぱり先週の夜、何かあったんだろか?」理事長と講師に断り、近くにいた彼に話しかける。

「徹、ちょっといい?」 「ああ、何かな?」 「今、途中だから手短かにするけど、後で少し、時間ある?」 「ああ、少しならいいよ」 「よし。終ったら、早い方がロビーで待つって事で」 「了解。じゃ、後で!」暫く後、二人は階下で落ち合い。

上級生 豊野 豊(とよの・ゆたか)は、帰路途中で講師たちと分れ、直にM県下の親許に帰ったので、盆明けまでは会えないが、LINEやSMSなどで連絡を取り合える様になっていた。健、徹の二少年は、馴染みのマクドナルドで暫し会話。健が「お前、何か隠してるだろ。先週の夜、何かあったんじゃね?」問えば、徹は「ああ、大した事じゃない。ただ、ちょっと小町先生に呼ばれてね」と返す。

その時の模様を少し。養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)は、8月3日と4日、水・木曜と、A県東部の山間の公営施設で行われた、中等科の強化学級を、巡回の名目で訪れた。現地泊となった水曜夜の夕食後、生徒の寝室で自習中の徹は、小用から戻る所、小町の呼び出しを受ける。同室の健は、「おや?」と思いながらも「後で話を聞かせてくれ」と言葉をかけて送り出した。

個室の、講師の寝室にいた小町から聞かされたのは、表向きは、夏前にした怪我のその後の経過を尋ねる事だったのだが、会話が始まって間もなく「ねえ徹君。去年の夏の事、覚えてる?」こう訊かれ「ええ、まあ、好い思い出ですね」などと曖昧に受け答えていたものを「約束してくれないかなあ。夏休み中に、もう一度、夜 あたしと会う事を・・」と妖しい出方に。

「ご免なさい!それは、ちょっと・・」徹は、逃げる様に小町の控える部屋を辞した。勿論彼には、迂闊に応じればどうなるかが見えていた。気の抜けない強化学級の最中だから、尚更だろう。健にはこの時「何でもない」と隠し通したものだった。

賑わう店内でマック・シェイクを嗜みながら、徹は、以上の事を淡々と語った。聞いた健は「やっぱりそうだったか。お前、呼び出された時、何となく憂鬱そうだったからな。さて、どうする?明後日にでも、伯父貴を交えて、とりあえず三人で話すか?」

徹は「そうだね。これ、お前の伯父さんにも、豊野さんにも、早めに知っといてもらった方が良さそうだから、それは俺も賛成だな」
「OK。じゃ、今夜伯父貴に会うから、お前にはLINEで伝えるわな」 「分った。じゃ、俺は、それ待って動くわ。豊野さん宛ての連絡も、それからで良いね」 「そうだね。そう言う段取りにしよう」 「有難う。宜しくな」遅くならない方が良いと感じた二人、この日は小一時間で帰宅。

その夜、健は夕食の席で、仕事の後 同席となった伯父の中条に、徹の話を伝える。「分った。じゃ、徹君ちも、盆の行事とかがあるだろうから、明後日の昼を一緒に食って、それからここの応接間で、少し話って事にするか」と言うと、健「それ同意です。じゃ、彼(あいつ)にも伝えるから」こう応じ、徹にその旨LINE連絡。「昼は俺んちだから、楽しみにしておけ」とも申し添えた。その間に中条は、帰省中の豊と連絡。二日後の昼頃、連絡できる様にされたい旨伝え、了解を得る。

二日後の12日金曜朝。中条は、例によって斜め向かい家屋上に現れた、Kuso犬の咆哮で覚醒。これは月初め、交際状態となった、甥の元恩師 伊野初美(いの・はつみ)と迎えた朝と大体同じ。この時も、階下の通行人や犬連れ散歩人に激しく反応するも、粗相を見なかったのは幸いであった。

「まあ、アホ同士の罵り合いに、文句言うてもしゃあねぇか」彼は思った。月初めの、初美との二日目はほぼいつも通り。馴染みの喫茶店で朝食の後、TV報道番組をチェックして、それに絡む会話を一通り。午後は、昼食と、買い物の下見で栄町へ。戻って茶話で一服の後、円頓寺の丸万ストアにての買い物後、彼女の居所へ送って終了と言う所だった。

盆前のこの日、勤務は土曜の様に午前中まで。明13日の金曜から、16日の月曜まで盆休みである。この期間は、健も、勉強の合間を縫って家業の雑用手伝いに入り、この日は、近所の物流倉庫で、中条の盆明け準備の応援だ。正午頃、目途がつき戻った所へ、スポーツ・サイクルに乗った徹が現れた。「伯父さん、宜しくお願いします!」

健の一家や、他の従業員複数を交えた賑やかな昼食後、思い思いのTシャツにジーンズの三人は応接間に移動。ここはほぼ一年前、二少年が、恩師だった初美と、特別林間学級の終礼を交わした、思い出の場所。この日の飲み物は、全員がアイス・コーヒーと麦茶である。

「よく覚えとるやろ」中条、切り出す。「勿論!去年の夏、何だかんだと言っても、この場所の記憶が、一番強烈かな」健が返す。「俺もですよ。中山荘(ちゅうざんそう)の出来事も、好い思い出ですがね」徹も応じ。

「まあ、それぞれに、色んな思い出があるだろう。大事にせないかん事も多いだろうし。ただよ、そんな中でも、自分はこうしたい、こうしたくねえって事は、はっきり言って、通す様努力せないかん。それが信念だ。今日、徹君から聞かないかん話は、それに関する事だよな」 「ですねぇ。正直、強化学級の場所で(小町先生に)あんな出方をされるとは思いませんでした」徹が答える。

中条「もう知ってるかもだが、この前 初美(元)先生と偶然会って、その時に、あの方もそんな事を仰ってたよ。小町先生の強化学級行きよりは前だったけど、まあ学院の養護室での出来事は、薄々ご存じだったな」 「なる程。お元気そうで何より。伯父さんは、あの女性(ひと)と、時々会えたりするの?」健が訊くと「うん、まあな。円頓寺の丸万ストアは知ってると思うが、日曜の午後、買い物に行くと、たまに会う事があってな。傍の店でちょっと茶話会位の事はある」勿論嘘だ。もう何夜かを過ごす、濃い関係ではあるのだが。

「なる程ね。俺んちの母さんがよく行く丸万ストア・・初美(元)先生も、結構地味なんだな」健、意外な顔で反応。徹も「あの店は、ウチの母さんも、よく行ってるみたいでね。まあ日曜以外でしょうけど」こう応じ。「まあ、そう言う訳よ。でも、以前の先生が知ってるって事ぁだよ。小町先生、合間に養護室で、何かされとるのかも知れんな」中条が言うと「その話は、俺たちも、チラ聞きした事ありますね。何かあるんじゃって」二少年も、言葉を揃える。「今日は今から、その事にどう向き合ってあしらうか、その話をせんといかんって事だよ」 「・・ですよね」

中条「って所で、ちょっと、豊君の話を聞こうかな」こう言うと、彼宛てにSMSを送信。「豊野 豊君。中条です。話はできるかな?」

「ああ、伯父さん、有難うございます。OKですよ」 「今、健に徹君と話し中。薄々思ってたんだが、やはり小町先生、強化学級の夜、彼を呼び出しててな」 「やっぱり!来ましたか。俺も、ちと心配だったんですよね」 「いや、心配は気持ちだけで良い。君には、受験勉強に集中して欲しいからな。で、俺たち三人、これからその問題について話を進めるから、終わったら君にも伝えんとって思うんだ。だから、もう暫く連絡できる様にしといてくれるかな?」 「かしこまりました!連絡なら、俺は夜までOKですよ」 「有難う。じゃ、後一、二回って事で」 「了解です。好い話ができるとって思いますよ。じゃ、後で・・」交信終了。

中条「徹君は、一つ困る事があるだろう。小町先生がああだと、学院で体調崩したりした時、気軽に養護室へ行けんもんなあ」こう言うと、徹「まあ、そうですねえ。ただ、学校の健康相談もあるし、その辺りは、何とか上手く行く様、工夫してみますよ」と苦笑交じりに返す。健も「俺も、この問題片付くまでは、なるべくそうしようと思うんだよね」と応じ。

「そうだな。二人とも、暫くはなるべくそうしてくれると有難い。その間に、俺や初美先生が、学院にいらす先生方と協力して、お前たちが不安のない様にしようと思うんだ。ただ、暫く日数がかかるかも知れん。それは、分ってくれるか?」中条が言うと、二少年は「はい。それは分ります。伯父さんが力になってくれるのはとても有難いから、どうか無理はしないで欲しい」こう応じ。

中条「分った。具体的にどう動くかは、今は言えんが、俺の動きを見てれば段々分って来るさ。さあ、夕方になる前に、豊君にもこの事知らせて、ひとまず終わりにするかな」 「はい、分りました。宜しくお願いします!」二少年の返事を待って、中条は豊に宛て、この日の話をSMS送信、了解を得た。その返信で豊「伯父さん、折り入ってお耳に入れたい儀があるんですが」と送る。「それは分るが、どうだろう。今、俺に言った方がいいのか?」と訊けば「急ぎではありません。そちらへ戻ってからお話しします」と返す。「いいだろう」でこの交信は終わるのだが、その内容につき、二少年には、思い当たる所があった。
(つづく 本稿はフィクションであります)。

今回の人物壁紙 さくらみゆき
松岡直也さんの今回楽曲「Uターン(U Turn)」下記タイトルです。
U Turn

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