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轍(わだち)~それから 第33話「再訪」

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8月22日の月曜、不安定な天候が一時落ち着き、晴れ間も覗く空模様。ただ、日中の暑さは相変わらずだった。総合予備校 佐分利学院は盆明けの教科で、生徒の伯父 中条 新(なかじょう・しん)や、元講師 伊野初美(いの・はつみ)の勤務先も、それぞれに多忙な日々であった。

その月曜の夜、勤務を終え、甥や親族、他の従業員たちとの夕食を済ませた中条の許に、携帯着信。学院の養護主任 本荘小町(ほんじょう・こまち)からだった。「中条さん、今晩は」 「ああ、どうもお疲れ様です」 「今、少し話していいかしら?」 「いいですよ。どうぞ」 「やっと、学会向け論文の目途が立ってね。まだ少し、詰めないとってとこなんだけど、どうやら今月中でまとまりそうです」 「それは良かった、お疲れ様。一度区切りの席でも設けられると好いですな」

小町 「有難う。その事よ。今週末なんだけど、貴方、土曜の早い時間から空けられないかしら?」 中条「土曜ですか。午後一番からなら間違いねぇんですがね」 「いいわ。午後一番からでOKよ。それで、ここからは相談なんだけど、徹君と健(たける)君は、一緒に来られないかしら?」 「う~ん、あいつら二人ですか。難いかもだが、健は即答できるけど、徹君は、すぐは無理ね。そいつは、明晩返事ではいけませんかな?」 

小町、これを聞くと語気を曇らせ「そう、まあ好いでしょう。じゃ、徹君と健君は、明晩必ずお返事を。こちらは、豊(ゆたか)君と、講師の(山音)香緒里(やまね・かおり)と、(花井) 結(はない・ゆい)にも、声をかけてみるわ。豊君は、まず大丈夫そうだけど」 「そうですか。・・て事は、俺から初美に連絡した方がいいのかな?」 「あたしや香緒里からもするつもりだけど、貴方からもして下されば、間違いないわね」 「分りやした。後でざっとした所を伝えます。後少し、頑張って下さい」 「はい、有難う。今夜はこれで・・」 「こちらこそ。失礼します」通話終了。

「健、ちょっといいか?」中条が呼ぶ。甥はもう、様子を察したと見え「はい。ああ、伯父さん、あの事だね」 「そうだ。今、小町先生から電話があったわ。今から、徹君と連絡を取る」 「ああ、お願いします。今の時間なら、多分大丈夫だね」 「よし・・」伯父はこれを受け、徹にSMSを送る。

「今晩は。健の伯父 中条です。今、小町先生から連絡があった。今度の土曜夜に、どこかへ連れてくつもりらしい。もう返事は決まっとるが、念の為、君の返事が欲しい。勿論、後でも好いから、ご面倒だが宜しく」徹からは、程なく返事有り。「はい、今晩は。伯父さん、有難うございます。やっぱり、思った通りですね。もうお分りの様に、俺、お断りします。こちらこそご面倒をおかけして済みませんが、宜しくお願い致します」 「よく分った。先生にはそう返事するから、君は勉強とかに集中して欲しい。健にもそう言っとく。今日はお疲れさん」 「はい、今夜は有難うございました」交信ここまで。

中条は言った。「やはり、徹君の意思は固いな。当然の事やが。で、健・・勿論お前も、彼と同じって事でいいんだな?」 「勿論!少なくともこの件じゃ、あいつと俺は一心同体・・ですよ」甥は、強い調子で返して来た。「よしっ決まった!お前も、よく言ったな。じゃ、その旨、俺から先生に伝えるから、ひとまず気にせん様に」 「了解です。有難う!」 「じゃ、今夜はこれで。又明日な!」 「お疲れ様でした!気をつけてね」午後8時過ぎ、ひとまず解散。帰宅後、初美にもSMSで知らせた。彼女も土曜午後は空けられそうだ。

翌23日火曜も、日中はそれぞれに忙しい時間を過ごし、前日とほぼ同じ時間帯の夕食後、小町と中条は、再び携帯で通話。「小町先生、申し訳ないが、徹君は、親御さんの用事でダメみたいですね。ウチの健も、別件がある様で・・」 「そうですか。残念だけど、仕方がないわね。実は学院の香緒里と結も、無理そうなの。そうすると、貴方とあたし、初美と豊の四人になるかしら。それでね、新さん・・」 「はい、何でしょう?」 「その土曜夕方から翌日曜の昼まで、去年、特別林間学級を行った、G県の中山荘(ちゅうざんそう)の使用許可を取ってあるの。・・で、貴方に車を都合して頂きたいんだけど、いいかしら?」

中条は、一瞬迷った。この四人・・と言う事になれば、その後の大体の流れが読める気がした。否、もうその光景が目に浮かんで来るレベルかも知れない。一呼吸置いて、男は答える。「よろしい。何とか都合致しましょう」 「有難うございます。じゃ、各々お昼の後、四人で出かける事にしましょう。それに、ここだけの話。学院の女講師は、元いたのも含めて、若い男が大好きよ」 「ハハ、そうか・・」男は苦笑しつつも「いいですよ。初美には、俺から伝えます」 「はい。宜しく、お願いします」通話終了。

中条は、すぐに初美と連絡を。「初ちゃん、今晩は」 「ああ、新さん、有難う」 「今、話していい?」 「どうぞ・・」 「さっきまで、小町さんと話をしててな、この土曜の午後から、一泊で長野の中山荘へ行く事になりそうだ。貴女も一緒に・・」 「そうなの・・」聞いた初美、一瞬だが言葉を曇らせる。丁度一年前、特別林間学級で、健、徹の二少年と、幾度か熱い夜を過ごした、因縁の場所だ。多分小町は、その事が分っていて、使用許可を得たに違いない。

「新さん・・」女は言った。「ホントはね、余り気が進む所じゃないの」電話越しに、泣き顔が見える様な風情だった。「・・分るよ。貴女はきっと『そこまでやるの?』て言いたいんだって気がしてな」 「まあ、そうよ。それもね・・」 「うんうん、聞いとるよ」男が応じると「場所が中山荘でなければ、あたしも、何があっても気にしないわ。でも、あそこは・・」 「分った。もし、変えられるもんなら、小町さんに掛け合ってそうしてもらうかな」 「ええ、訊いてくれるかしら?でも、ダメなら諦めるわ」 「ああ、何度も悪いな。一度訊いて、又連絡するわ」 「宜しくね・・」一旦、通話終了。そう、あの中山荘には、表にしたくない、秘密の思い出があった。しかも、すぐ傍らを、初美の色んな悲しみを呼び覚ます警音を発する、電機 EF64(1000代)機の貨物便が行き来する、JR中央西線が通るのだ。

中条は、再び小町と連絡、場所の変更を求めるも、小町は「ご免ね、場所は変えられないわ。残念だけど」と応じず、再び連絡した初美「有難う。分ったわ。あたしも覚悟して、一緒に行くから」と返す。「何度も悪いな。じゃ、それで進める。有難う」 「新さん・・」 「はい、何かな?」 「貴方のせいじゃないわ。この事は。だから、無理しないでね」 「ああ、有難う」通話終了。

多忙な平日を乗り切り、27日の土曜 曇り日。午前途中まで出社した中条、社長の義弟に、途中の中津川にての用務一件を頼まれ、その代り、社用のレクサスLSの使用許可を得ていた。本来の彼の業務車 トヨタ・ノアは、日曜午後から、義弟が出張で乗って行く予定だ。「宜しく、お願いします!」集合場所となった、健の実家に、豊がスポーツ・サイクルで現れたのが正午過ぎ。親許の用事で抜けられない健と共に昼食を済ますと「行ってらっしゃい!気をつけて」

午後1時過ぎ、中条の運転で出発。途中、事前の打ち合わせ通り、初美、小町の順で乗せ、都市高速を経て、中央道に入り、ほぼ一時間半で中津川の用務先へ。車を中心部の商業施設に停め、中条が用務の間に、他の三人は夕食の買い物。約一時間後、国道に入り、午後4時過ぎ、中山荘入り。

「お世話になります!」時雨も絡む、曇りがちの優れぬ天候だったが、中山荘の早瀬管理人夫妻は、変わらぬ明るい雰囲気で、一行を迎えてくれた。既に入浴準備も整い、翌日まで、気持ち良く過ごせる配慮がされていた。手回り品を整理し、一服の後、女性二名から入浴。その時の、互いの背を流したり、ボディ洗いをし合ったりしながらの会話を少し。

小町「ホント・・一年経つのって速いわね。その時、貴女と一緒に入ったのが、つい昨日みたいだわ」と言えば、初美も「本当にねぇ。あたしも同感だわ。いつも思うけど、ここは静かだから、心底寛げるのよね」と返し。小町「それじゃ、やっぱり来たかいがあったんだ。良かったわぁ」 初美「有難う。それはお礼を言うわ」 小町「所で、彼たちとの思い出が甦(よみがえ)って来たとかってあるの?」 初美「まあ、少しね・・」こう返して、言葉を濁らせた。「徹・・」その脳裏には、やはり去年の特別林間学級での、当時小6だった二少年、特に徹との熱い記憶の残滓がある様に感じられた。

小町「傷口に触れる様な事したなら、ご免なさい。ただ、9月に入ると、中山荘も勢奥(せいおう)荘も、それぞれ生徒や講師の特別学級や研修とかが入って、利用し難くなるのよね。だから、無理言って、今日明日都合をつけてもらったの。早瀬さんのご夫婦にもね。明日帰る時は、分る様に整理しておけば分ってもらえる様に、話をしておいたわ」 初美「分りました。まあ、あたしもそんなに来てる訳じゃないから、気にしなくて良いわよ」 「有難う。それなら好いわね」 「うん。まああたしも、折角だから、なるべく気分を変える様にするわ」

養護主任に元講師と入れ違いに、男二人が入浴。その時の、やはり背を流し合ったりしながらの会話の一部を。「伯父さん・・」豊、不安そうに切り出す。「うん、何かな?」中条が返すと「今夜、これから何があるんですかね?」 「余り、豊君を緊張させたかねぇんだがな」 「はい」 「小町先生は多分、君がこれまで一、二度は経験した事を、又やられるつもりじゃと思うんだ」 「なる程」 「しかしだ」 「はい・・」 「この山間に、男女が二人ずつ来てるって事で、君は何か『はて・・』と感じやせんか?」 「う~ん『はて・・』ですか?」ボンヤリと返した所で豊は突然「ビリビリ!」と高圧電流をかけられた様にハッとして、こう言った「伯父さん、それは・・」
(つづく 本稿はフィクションであります)

今回の人物壁紙 立花はるみ
松岡直也さんの今回楽曲「ロング・フォー・ズィ・イースト(Long For The East)」下記タイトルです。
Long For The East

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