南へ・・ 第8話「蠢香(しゅんか)」
- 2017/07/05
- 19:23
賑やかな宴(うたげ)もどうやら先が見え、些か名残り惜しくも、翌朝早い事もあって、周(あまね)と豊(ゆたか)は、途中で離れの寝室へと引き上げる。母屋の大座敷の、引き続く大人たちの談笑を耳にして。しかし、彼たちの宴も、まだ終った訳ではなかった。「今晩は。やっと、三人だけになれたわね」後ろから、優れた声。「おお、これは美波(みなみ)さん、いらしましたか」若者二人が返すと、「ふふ、佳いお席だったわね。・・で、ここ...
南へ・・ 第7話「餐歌」
- 2017/07/03
- 14:46
穏やかな内海を眺めながら、周(あまね)と豊(ゆたか)が、美波(みなみ)と会っていた、北紀(ほっき)中央病院から長島漁港の桟橋に出向いたのは、4pm少し前。停泊中の、総トン数40t程の、豊野(とよの)家の中小型漁船「第二樹洋(じゅよう)丸」の甲板では、漁協の勤務を早めに終えた豊の父 樹(いつき)と学休日の弟 邁(すすむ)・それに、彼たち母方の祖父 津田兵衛(つだ・ひょうえ)の三人が、定置網漁の大きな網や、諸々の漁具を用意、...
南へ・・ 第6話「見参」
- 2017/07/01
- 21:45
「頂きます!」 「お上がり!」豊野(とよの)一家五人と、阿久比 周(あぐい・あまね)、計六人の、賑やかな昼食の席となった。長男 豊(ゆたか)の言葉通り、この時は地元の海産物、魚介の揚げ物や干物、鰯(いわし)のマリネ、海草サラダ、ひじき煮や貝汁などが、米飯と共に振る舞われた。特に貝汁の美味は、周の感銘を呼び、以後毎食、卓に上る事になる。そして、一つ引っかかるのが、揚げ物であった。「阿久比さん」豊が言った。「...
南へ・・ 第5話「訪問」
- 2017/06/29
- 16:16
「阿久比(あぐい)さん。それ、何となく、分りますよ」春先でも緑深い山間を、JRの臨時特急「紀伊83号」が、ややペースを下げ、しかし力強く進む。時折、梅の花が見られる沿線の車窓。その車中、窓側に座る周(あまね)に、隣席の豊(ゆたか)が、さり気なく声をかけた。周はニヤリとして「ハハ、今、俺の感じてる事か?」 豊「そうです。山峡(やまかい)と来りゃ、男なら考える事は大概一緒ですからね。笑」 「まあ、そうだな。今の俺...
南へ・・ 第4話「南下」
- 2017/06/27
- 21:43
「お早う!」3月18日の土曜朝、7am過ぎの、N市営地下鉄2号線 港町方面行の後方に乗った周(あまね)は、やや下方から甲高い声をかけられた。声の主は、既に一つ前の駅から先乗し、着座していた宙(そら)である。二人共、似た様な濃色パーカーにロング・パンツ、周の方はジーンズだ。靴も、ありふれたウォーキングである。手回り品は、宙が小さ目のキャリー・バッグと小物を入れた、洒落たバック・パック、周のは登山にも使えそうな、...